今が医療の転換期。患者も医者も、もっと幸せになれる

Profile

江崎 禎英(エサキ ヨシヒデ)

経済産業省 商務・サービスグループ 政策統括調整官
(兼)厚生労働省 医政局 統括調整官
(兼)内閣官房 健康・医療戦略室 次長

岐阜県出身 昭和39年生
東京大学 教養学部 教養学科 国際関係論 卒業
平成元年、通商産業省に入省。日米通商問題に携わった後、大蔵省に出向し金融制度改革を担当。その後通商産業省にて資本市場改革、外為法改正に取組む。英国留学、EU(欧州委員会)勤務を経て、通商産業省に戻りIT政策を担当。この間、内閣官房にて個人情報保護法の立案に携わる。
その後、経済産業省にて、ものづくり政策、外国人労働者問題を担当し、平成17年から地球温暖化問題を担当。平成24年から生物化学産業課長として再生医療を巡る法制度の改革に携わったのち、ヘルスケア産業課長を経て、平成29年に商務・サービスグループ政策統括調整官及び内閣官房健康・医療戦略室次長に就任。平成30年から厚生労働省医政局統括調整官に併任。

様々な業界で進んでいるIT化。医療界も例外ではない。しかし、“安易なIT化”に「待った」をかける人物がいる。ITコーディネータ制度の創設者でもある江崎禎英氏だ。社会構造の変換期である今、医療のあるべき姿や、“3時間待ち3分診療”を解決するIT活用などについて話を伺った。

世の中の理不尽を減らしたい

私は、岐阜県の山間部の出身で、もともとは医者になるつもりでしたが、中学生の時に量子力学に興味を持ち、東京大学の理科Ⅰ類へ進みました。しかし「戦争を止めたい。世の中の理不尽を減らしたい」との想いから、国際関係論に進み、通商産業省に入省。戦争の原因は結局は経済にあると学んだからです。

その後、大蔵省や内閣官房に出向し、EU勤務も経験。金融制度改革、IT政策、地球温暖化問題、再生医療を巡る法制度改革などに携わりました。

課題はどこにでもある。踏み込むか、目を逸らすか

経産省の文化は、「前任の仕事を疑って掛かれ。一年生でも意見を言え」です。まずは自分の頭で考えて、自分の意見を持つことが求められます。前任から引き継いだ仕事をそのまま踏襲することは評価されません。「なぜこうなっているのか?本当にこの仕事は必要なのか」を常に考えます。他省庁や自治体に出向した際も、そのスタンスは変わりませんでした。

また、「そのポストに就いて3日経ったら、その分野のベテラン選手と対等に議論しろ。3ヶ月経ったら、日本で一番詳しくなれ」と教えられました。とにかく現場に行って直接話を聞くこと。役所に呼びつけて話を聞いてはいけません。政策の課題も、その答えも現場にあるのです。心証を形成するまで問題を突き詰めれば、何をすべきかが自ずと見えてきます。

取り組むべき課題が分かったら、多少の障害にはひるまず突き進むこと。「出る杭は打たれる」のが社会の常識ですが、「出すぎた杭は打ち難い」のもまた事実です。最も良くないのは、中途半端に関わることです。

どの分野の課題でも、当事者が一番分かっています。しかし、分かっているが故に、身動きが取れないことが少なくありません。往々にして、表に見えている課題と、その背後にある真に解決すべき課題は異なるもの。相手の悩みを理解しようと努め、問題から逃げないと分かれば、当初反目していた相手でもやがて耳を傾け、協力してくれるようになります。

効率化の追求が匂いのないトマトを生み出した

ITやAIを何のために使うのか。解決すべき課題を見極めないままIT化進めることで、却って問題を複雑にしてしまうことも少なくありません。ITを導入すれば何でも効率化するというのは幻想です。20年ほど前にITコーディネータ制度を作った理由は、闇雲なIT化を止めさせるためでした。

例えば、「現在盛んに議論されているAI農業は、農業をやったことがない人か、農業が嫌いな人の発想だ。」という話を耳にしたことがあります。私も同感です。農業は本来楽しい作業です。ある意味子育てのようなもの。生き物を育てることは機械を作るのとは違います。同じことをやっても決して同じ結果になりません。一方で、手間と愛情をかければ必ず応えてくれるのです。

農業の本質は土作りです。水や肥料や日照時間などは、表に見えるほんの一部です。それらをコントロールすることで、収穫時期と収量を管理する農業を推進してきたため、匂いのない単に甘いだけのトマトやイチゴが市場に出回っているのです。一方で、手間暇かけた昔ながらの美味しい野菜や果物が高級品として扱われているのは皮肉なものです。

水や肥料は作物の生長を確認しながら与えるべきもので、日々その結果を自分の目で直に確かめるのはとても楽しい作業です。ところがその楽しい部分をAI化しようという話ばかりが聞こえてきます。その原因は、規格化された商品の大量生産です。もともと農業は生き物を扱う産業ですから、生産物にばらつきがあるのが自然です。ばらつきのある生産物の中から適切なものだけを選び出して、市場の求める量を確保することは、大変な手間とコストが掛かります。

このため、生産段階での規格化が求められ、機械化や大規模化が進められてきたのです。その結果犠牲になったのが品質です。本来なら生産の部分は人に任せることで品質の向上を図り、収穫時期のモニタリングと集荷、配送ロジスティックの最適化こそAIやロボットに任せるべき作業です。

経済学者は、市場拡大を前提とした生産性向上ばかりに注力しています。高齢者が増え、時間と手間が希少価値で無くなっているにもかかわらず、相変わらず時間と労力を省くことを前提にしています。本来取り組むべきは、従来の流通システムでは対応できなかった、小規模農地で作られた極めて質の高い野菜や果物を安定的に消費の手元に届けることです。

実現すべき課題を見極め、働くことの楽しさや生きがいといった要素を加味したとき、経済学自体も変わっていくでしょう。

患者も医者も、もっと幸せになれる

システムエンジニアは、どうしても“システムとしての完璧さ”を求めてしまいます。しかし、その前提にあるべきは、「何を実現したいか」です。

どの業界もIT化の黎明期には、それまで行ってきた業務をIT化しようとしたため、非効率な部分もそのままシステム化してしまいました。システムとしての完璧さは実現しても、業務の効率化にはつながらず却って非効率になったケースも珍しくありませんでした。その後、そうした反省を踏まえて業務を見直すBPR(Business Process Re-engineering)を行いつつ、IT化を進めて来ました。しかし、医療界では未だこうした取り組みが行われず非効率のままです。

例えば、一般に当たり前に思われている“3時間待ち3分診療”などITを活用すれば、本来あり得ないことです。今、病院を訪れる患者の多くは、突発的な事故や急患などではありません。適切な診療管理や予約管理をすれば、“3時間待ち3分診療”など起こりえません。待合室に溢れる患者に対応するため、医者も看護師もてんてこ舞い。そもそも、病院に行かなければ何もできない医療など時代遅れです。疾患の性質に応じた医療サービスを提供できれば、患者の待ち時間は劇的に短くなり、医者の負担も軽くなり、本当に必要な人が病院に来られるようになるのです。

今や生活習慣病や老化が疾患の主流です。これらは、自覚症状が出てから病院に来たのでは手遅れの場合が少なくありません。日常的にデータを取っていれば、それらを基に医者は的確な診断ができ、病院に来るべきタイミングもわかります。“日頃の健康管理”が医療サービスの基本になれば、重症化して初めて治療を開始するより、患者のQOLは大きく向上します。仮に、そうした取り組みによって医療のリソースが節約できるのであれば、未だ手つかずのままになっている約3000もの希少疾患、難病の患者に注力することが出来るのです。

個人的には、主治医制度もやめるべきだと考えています。疾患の中心が感染症だった頃は、一人の医者が継続的に症状を把握し適切に処置することが重要でした。しかし、医療技術が進歩し、扱う医療機器の専門性が高まっていることに加え、高齢の患者では同時にいくつもの病気を患っていることが少なくありません。これを一人の医師が担当し24時間責任もって対応するのは明らかに無理があります。チーム医療を基本とし、コメディカルとの情報シェアを徹底すれば、医者の負担は大きく軽減されます。

これまで行ってきたことを単にIT化するのではなく、「何を実現したいか」を突き詰めれば、患者も医者ももっと幸せになれるのです。

次の世代に“世界が憧れる日本”を遺すために

核家族化が進み、昔のような大家族で支えあうことができなくなった今日、新しい社会の形を創る時が来ています。もともと人は誰かに助けられながら成長し、誰かの支えになりながら生きているのです。それは必ずしも目の前に居る人、一緒に暮らしている人とは限りません。

昔から林業では、山の木を切ったら苗を植えるのがルールです。今、自分が切る木は、顔を見たことのないご先祖様が植えたもの。そして自分が植えた苗は、自分がその顔を見ることのないであろう子孫が切るのです。古来より、こうした悠久のサイクルを回しながら社会は成り立ってきたのです。現在の経済学は、どうしても目の前の利益を最大化することに注力します。しかし、それによって将来の不安が減るわけではありません。

次の世代のために何を行い、何を遺すべきかを皆が考えるようになれば、誰もが安心して暮らせる社会ができるのではないでしょうか。目指すべきは、人が神様からもらった120年という生物学的な寿命を、最期まで役割や使命を持って生きられる社会。仮に、自分の子どもに障害があったとしても、自分の死後も安心して託せる社会。誰もが最期の瞬間まで自分らしく生き切ることが出来る社会。

それらを医療技術という専門性を以て支えるのが、医者の仕事です。高齢化が進展するなか、世代を超えて安心して生きられる社会を如何に構築するか。それこそが、日本が示すべき最大の価値であり、世界が憧れる日本の姿ではないでしょうか。

お祝いにいただいたお花の手入れを大事に行い、毎年花を咲かせているというお話に江崎さんのお人柄を感じました。