心不全パンデミックが迫る日本社会|心電図AI解析プログラム医療機器の挑戦

ライター 高山豊明

「心不全パンデミック」というショッキングな言葉を耳にした。
高齢化社会の進展に伴い、心不全患者の急増が危機的に迫っていると、ニュースでも特集されていた。
しかし、心不全の主要な原因の一つである心房細動は、早期発見が難しい現状にあるという。

その理由は、自覚症状の乏しさや何日間にもわたる心電図検査が患者の生活にも負担になることだ。さらに、膨大な心電図の波形データを目を皿のようにして見なければならない医師側の負担もかなり大きいことにある。循環器の専門医であっても、大変な作業になる。非専門医ではなおさらだ。

こうした課題に立ち向かう一人の開業医がいることを知った。
神奈川県で在宅医療に尽力する四津医師だ。
四津氏は、クラウド型で心電図AI解析を行うプログラム医療機器(以下、SaMD)である『長時間心電図解析ソフトウェア SmartRobin(スマートロビン) AIシリーズ』(以下、SmartRobin)を活用している。「不整脈検査の機会を全ての人に」という思いのもと、カルディオインテリジェンスが開発したSaMDは、心房細動などの不整脈の見逃しを減らし、専門医レベルの解析を可能にしている。

こうしたツールの活用は、忍び寄る〝心不全パンデミック〟の脅威から日本を救う一助となるのだろうか。その実態を追った。

SmartRobinの評判は?専門医を訪ねた

カルディオインテリジェンスが提供するSmartRobinは、心電図波形をAIが解析し、専門医でなくとも心房細動のスクリーニングが可能になるよう支援する画期的なツールだ。
私は早速、このシステムを導入しているクリニックを訪れ、院長の四津医師に話を伺った。

取材に応じる在宅クリニック院長で循環器専門医の四津医師
取材に応じる在宅クリニック院長で循環器専門医の四津医師


このクリニックでは、複数の医師がチーム一丸となって訪問診療と外来診療を担当している。地域に信頼されるかかりつけ医であり、まさに高齢化社会における医療の最前線だ。
SmartRobinの活用で、診療の現場はどう変化したのか。循環器の専門医である四津医師は、「チーム内の循環器の専門医ではない医師にも、スクリーニングを任せることができるようになった」と高く評価している。

現在、四津医師のクリニックでは、AIが解析したデータを、患者を担当する医師が解析結果を参考に診断し、責任者である循環器専門医の四津医師が最終チェックする体制をとっている。AIを使うことで、非専門の医師でも循環器の患者を安心して診られるようになっただけでなく、四津医師自身が全てを確認していた時と比べて診断にかかる時間が大幅に短縮されたという。

さらに、カンファレンスの中で非専門医とAIの解析結果を見ながら検討することで、治療方針についての教育的な使い方にも役立っている。一定レベル以上の均一的な検査・解析を担保しつつ、分業がしやすくなったと四津医師は語る。

また、SmartRobinによる医師負担の軽減が、心不全パンデミック抑制の切り札となる可能性も見えてくる。四津医師は次のように語る。
「在宅の患者さんに対してもこのAI解析を活用しています。ホルター心電図が進化したおかげで、長時間の装着が可能になりました。その膨大なデータをAIが解析してくれるので、業務負担が大きく軽減されましたね」

全国の循環器専門医がいないクリニックでも、AIによって見逃しの心配が軽減されることで、検査がしやすくなるだろう。結果的に心不全パンデミックの抑制に繋がる可能性を秘めていると、四津医師は期待を寄せる。

開発におけるこだわり、目指したのは「現場で本当に役に立つAI」

このように、現場医師から高い評価を得ているSmartRobin。開発元のカルディオインテリジェンスで代表取締役を務める田村氏にも話を伺った。田村氏は、自身も現役の医師だ。心電図検査の課題に気が付き、テクノロジーを活用した心電図解析技術の再発明に取り組んでいる。

心電図解析技術の「再発明」に取り組む、カルディオインテリジェンス社代表 田村氏
心電図解析技術の「再発明」に取り組む、カルディオインテリジェンス社代表 田村氏

「心不全パンデミックの抑制には、地域の診療所レベルでの早期発見・早期介入が鍵となります。SmartRobinは、まさにその役割を果たすことができるSaMDです」と田村氏は語る。

発作性心房細動をとらえるには、従来の24時間ホルター心電図では期間が短い。もっと長期間の心電図モニタリングが必要となるが、SmartRobinを使うことで、心電図データをアップロードしてから 24 時間分の心電図波形で約 2-3 分、7 日間分でも約 15 分で自動解析し、短時間で患者の心房細動リスクをスクリーニングできるという。

同社のAIは、ディープラーニング技術を活用し、膨大な量の心電図データを学習させている。田村氏は「専門医が行う心電図波形の解析と同等の精度を実現しています。これにより、経験が浅い医師でも診断ができるようになり、医療の質が向上します」としている。

SmartRobinの画面の一例。解析結果が一目でわかる
SmartRobinの画面の一例。解析結果が一目でわかる

開発で追求したのは、「専門医をはじめとする現場の医療従事者の負担を大きく減らす」システム作りだという。

「AIは、現場で役に立つこと。そして、先生方の支援ができることが大事だと考えています。そのために、AIの存在を意識せずとも、自然に作業効率を上げ、診療の幅を広げられるツールとして提供することを目指しています」

診療における医師への支援で業務効率化を強力にサポートするAI。こうしたAIとの新しい関係が、今後の診療現場に変化をもたらしていくのかもしれない。

患者にとってのメリット

SmartRobinの恩恵は、医療提供者側だけでなく、我々患者にも及ぶ。

SmartRobinで解析可能な心電計は小型軽量で、患者の身体的負担が少なく、長時間にわたる心電図計測が可能だ。これにより、発作の頻度が少ない患者でも従来以上の確度で心房細動を検出できるようになった。

前出の四津医師も、「1週間に1度しか発作が起きない患者にも対応できるのが、大きな強みで
す。患者からの反応も非常に良く、安心して受け入れていただいています」と評価する。

また、早期発見・早期治療が可能になることで、患者のQOL(生活の質)やADL(日常生活動
作)の維持・向上にもつながる。心房細動を早期に発見し、適切な治療を行うことで、脳梗塞
のリスクを大幅に低減できる。これは患者の人生を大きく左右するだろう。


SmartRobinの社会的意義

今回、取材をして、SmartRobinは心不全パンデミックの抑制にも大いに貢献する可能性を秘めていると感じた。早期発見・早期治療によって心不全患者の数を減少させることができれば、患者やその家族も助かる。

さらに、日本全体の医療費削減にもつながる。厚生労働省の試算によると、心不全による年間医療費は約1兆円にものぼるとされており、その抑制は喫緊の課題だ。

また、地域医療における心電図解析の手段が充実することで、患者が大病院に通わずとも、質の高い診断と治療を受けられるというメリットは大きい。これは、地域医療の質の向上と、大病院の負担軽減という二つの側面から、日本の医療提供体制の改善に寄与すると考えられる。

SmartRobinの普及は、単一の医療機関にとどまらず、日本の医療提供体制全体に大きな影響を与える可能性を秘めていると言っても過言ではないだろう。

今後の展望:SmartRobinの進化と未来

田村氏によれば、カルディオインテリジェンスは、今後もAI技術の進化を追求していく方針だ。心房細動に限らず、他の不整脈や心不全の状態評価も可能にする機能拡充・機器開発を目指している。

また、スマートウォッチや他の生体データとの連携も視野に入れているという。これにより、さらなる医療の効率化と患者のQOL向上を実現できると期待できる。

「今後は、心不全や他の心臓病に対する予防的なケアにもこの技術を応用していきたいと考えています。在宅医療や予防医療の分野でも、AIの力を借りて、より多くの患者を救えると確信しています」と代表田村氏はビジョンを語る。

カルディオインテリジェンス社のオフィス前にて
カルディオインテリジェンス社のオフィス前にて

AIとの共存が拓く、医療の未来(編集後記)

「SmartRobin」は、医師に代わるものではなく、あくまで強力な支援ツールとして機能する。AIの導入により、医師はより迅速かつ正確な診断を下すことができ、患者の治療に集中できる環境が整う。カルディオインテリジェンスが提供するこのシステムは、まさに新しい医療のかたちを切り拓く一歩と言えるだろう。

診断を支援するSaMDが医師をサポートし、我々の健康に寄与する——この構図は、医療の質を向上させるだけでなく、膨れ上がる医療費問題の切り札としての可能性も秘めている。心不全パンデミックという大きな課題に立ち向かうSmartRobin。そして、現場で患者の診療にあたる医師。新しいテクノロジーの普及が日本の医療現場で尽力する医療従事者にどのような変革をもたらしていくのか。今後の展開に注目していきたい。

(取材・文:DOCWEB編集長 高山豊明)