かかりつけ医制度の課題と医療の個別化について / 次世代医療構想センター 吉村 健佑氏


千葉大学病院 次世代医療構想センター センター長の吉村様に、かかりつけ医制度の課題や医療の個別化についてお話をお伺いました。
吉村様には、現在公開中の診療所マネジメントEXPOにご登壇いただきます。

診療所マネジメントEXPO講演内容をお聞かせください

講演タイトル『持続可能なクリニック運営-需要に沿った医療提供-』
講演では、今後訪れる外来診療の変化についてお話します。
今までの外来診療は、診察受付をしてから処方された薬を受け取るまで数時間から半日ほどかかり、患者さんは医療機関を受診する際、仕事を休まざるを得ない状況でした。

これは効率のよい医療のかかり方ではなく、今後は新たなテクノロジーの実装により医療の提供の仕方が大きく変わっていきます。特に、医療の個別化が進む中で「在宅医療」に続き新しいツールとして「オンライン診療」の導入もさらに広がっていくと考えられます。

これまでは、医師が持っている技術や知識を提供すれば、クリニック経営がある程度成り立っていましたが、これから先は、患者さんの需要に合わせた医療を提供する時代に入ります。
地域全体で各クリニックの強みや提供すべき医療について考えて行かないと、個々のクリニック経営も安定しにくくなるでしょう。常にアンテナを張りながら、地域の中での役割を明確化し、持続可能なクリニックを運営していくことが求められます。


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かかりつけ医制度の現状の課題について教えてください

医療は政府・保険者・医師・患者さんで成り立つ
立場によって視点が異なり、論点や意見が対立しやすい

患者さんが病気にかかる時期や内容については予測できるものではありません。
そのため、急に体調を崩して病院に行っても、持病や現在の内服薬など患者情報が十分でなかったり、対応できる分野の専門医がいない時もあります。

ここで、普段からかかりつけ医を決めていれば、急な体調の変化にも対応しやすく、必要に応じて高度な医療機関に紹介しやすくなります。
ただ、患者さんの中には、最初から複数の診療科がある高度な医療機関へ行きたいと考える人もいます。この意見が強いと、かかりつけ医の存在意義に患者さん側からも反対意見が出るかもしれません。

また、かかりつけの患者さんが多い医療機関は経営が成り立ちますが、そうでない医療機関は存続危機に陥る可能性があります。とある医療機関が多くのかかりつけの患者さんを囲いこめば、閉鎖的な市場になり、新規のクリニックの参入が難しいなどの弊害につながる可能性もあります。

フリーアクセスの制限は国民の理解が必須
そもそも日本の医療制度は、医療機関のアクセスに制限がない世界でも珍しい国の1つです。
海外ではかかりつけ医がゲートキーパーとなっていますが、日本では患者さんの重症度にかかわらず、近所のクリニックから大学病院など高度急性期病院まで、原則自由に受診できます。

患者さんのフリーアクセスを認めると、高度な医療機関に軽症な患者さんが集中し、重症患者さんに対応できる専門医や医療機器を持て余すことになります。
とはいえ、患者さんのフリーアクセスを制限すれば、国民の利便性の一部を制限することですので、反発される可能性も高いです。多くの方に受け入れていただくには、全体の優先順位をどうするかなど、政府・政策の立場から方針を明確にし、説明、実現することが大切です。

理想とする今後の医療はどのような姿でしょうか

資源や効率に配慮しながら、医療の個別化が進む
現在の医療制度は、経済成長や人口増加がある時代に作られたもので、皆が元気で長生きすることを目指し、個々には手厚い医療を受けられることが前提になっています。

一方、現代は経済の低成長や高齢化・人口減少が続き、医療資源も限られている時代です。これまでと同じように、皆一律に手厚い医療を提供するのは無駄も多く、中にはそれを望まない人もいるかもしれません。

そのため、今後は一人ひとりに合わせた医療の内容や範囲を考えていく必要があります。具体例としては、具合が悪くなったらすぐに病院へ行くのではなく、できるだけセルフケアで対応することなどが挙げられます。実際にコロナ禍でも、発熱や喉の痛みなどの症状が出たら、まずは検査キットを入手して、自己検査を勧められました。
病気の予防については、それぞれの健康状態に応じた適切な医療を自分で選んだり、セルフケアの範囲が広がる「医療の個別化」が始まるでしょう。

医療の個別化の例といえるのが在宅医療です。在宅医療は患者さんの希望や生き方に寄り添った内容になっている分、説明や合意形成に手間もかかります。医療の個別化とはいえ全員の希望に全て寄り添っていたら、医療資源の不足を招きかねません。どのように納得してもらうかが、重要です。

難しい課題ですが、今後も限られた医療資源を使って、効率的かつ個別に寄り添っていくことが大切になります。その方策の一つとして、オンライン診療などICTによる効率化が重要視されるだろうと考えています。

プロフィール


千葉大学病院 次世代医療構想センター
センター長・特任教授
吉村 健佑氏

千葉大学卒業後に精神科医及び産業医として現場で研鑽を積んできました。政策側から日本の医療を良くしたいという想いから、厚生労働省に3年間出向しました。

その後は患者さんと地域により近い場での制度設計に興味を抱き、2018年より大学病院勤務に加えて千葉県庁での勤務を併任しました。現在は大学病院の次世代医療構想センターという医療政策の教育・研究を軸に据えながら、様々なプロジェクトを展開し、広い視点での保健・医療を良くするための活動を行っています。

これまでは、救急科・産科・新生児科・小児科といった危機に瀕している診療科の現状分析や政策研究を進めてきました。現在は患者層が広い外来診療、とくに在宅診療の普及にも力を入れています。

限られた医療資源の中で、患者さんの満足度をできるだけ維持しながら、効率よく医療サービスを提供する必要があります。次世代のためにも医療あり方を変化させ、持続可能な形にしたい。そんな想いで意見を交わしながら、活動に取り組んでいます。