
今回は、クリニックの開業準備において必要となる「インフラ整備」です。
電子カルテを導入してもネットワークが不安定なら診療は止まり、CTや内視鏡を導入しても電源や水圧が足りなければ使用できません。
本記事は、「【完全ガイド】クリニック開業の手順と成功へのロードマップ」シリーズの一環として、インフラ整備に焦点をあてた実践マニュアルです。
インフラ設備を電気・水道・通信・空調などに分けて解説し、診療科ごとの注意点も踏まえて、開業医が検討すべきポイントをまとめました。
電気設備
診療所では、100Vの照明やパソコン用コンセントなどの一般電源のほか、200V(三相)の動力電源が必要になるケースがあります。特にCTやMRIなどの大型医療機器を導入する診療科では、受電容量の確保が診療の可否を左右します。
導入ステップとしては、まず想定する医療機器や空調・照明などの合計電力容量を算出し、必要があれば電力会社に高圧受電の申請を行います。6,600Vの高圧受電にはキュービクル(変電設備)の設置が必要です。また、導入後には電気主任技術者による検査や保安規程の整備も必要になります。
X線・CT・MRIを導入する放射線科や整形外科では特に大容量の専用電源や分電盤の整備が求められます。電動手術台や手術灯を使う外科では、停電対策も含めた二重化も検討しましょう。
- 使用予定の医療機器ごとの電力消費量の把握
- クリニック全体の電力使用量(照明・空調・医療機器)を試算
- 電力会社との協議(低圧/高圧受電の判断)→合計が50kWを超える場合は、キュービクルを設置し高圧受電(6,600V)で引き込む設備が必要 ※設置には離隔3m+周囲1mの保安空間が必要
- 専用回路・ブレーカー・分電盤の設計→内装業者・電気業者との確認が必須
- 停電対策(UPSや非常用発電機)の導入可否
- 電気主任技術者の選任と保安管理 ※月次・年次点検が法定義務とされる
たとえば、MRIは単体で数十kWの消費電力があるため、他の機器と同じ系統でまかなうことはできません。
停電対策として、非常用発電機やUPS(無停電電源装置)を導入する施設も増えています。
水道・給排水設備
クリニック開業地が上下水道供給区域内かどうかを確認したうえで、各自治体に給水申請を行います。水圧・流量は設計段階で検討し、高層階や給水量の多い施設では増圧ポンプの導入が必要です。
給湯については、電気温水器やボイラーを導入しますが、手術や器具洗浄が多い科では容量に余裕を持った設計が求められます。水栓数や給湯負荷に基づき口径と給湯器能力を設計しましょう。
透析クリニックではRO(逆浸透)装置による高純度水の生成が必要です。また、洗浄時の薬品廃水は酸性を示すため、下水に流す前に中和設備を導入する必要があります。
- 上下水道の引き込み状況と供給圧の確認 ※水圧は水理式による検証が自治体施行指針により規定
- 使用水量に応じた配管径・給水能力の設計
- 電気温水器またはボイラーの容量計算
- 特殊診療(透析・内視鏡)でのRO装置・中和装置の要否
- 給水・排水の設備図と行政への申請
通信・ネットワーク設備
電子カルテや予約システムをはじめとする診療支援システムには、高速かつ安定した通信回線が不可欠です。光回線の導入とあわせて、有線LAN・Wi-Fiの敷設、ルーターやファイアウォールの設計を行います。
Wi-Fiについては、医療機器への電波干渉を避けるために事前の電波調査が重要です。また、患者用Wi-Fiと診療用ネットワークはSSIDを分離して運用し、院内LANと電子カルテサーバーは物理的に分ける設計が推奨されます。
- 法人用光回線の手配と工事スケジュール
- 電子カルテ・クラウドサービスに必要な回線帯域の確保
- 院内LAN(医療用/事務用/来院者用)の分離設計
- ルーター・スイッチ・セキュリティ機器の選定
- 通信障害時の冗長化・リスク管理
空調・換気設備
クリニック内の各室(待合・診察・処置室・トイレ)ごとに最適な空調と換気計画を設計します。特に近年は感染症対策の観点から換気性能が注目されています。
一般的には第一種換気(給気・排気にファンを使用)を採用し、空気の循環と清浄化を図ります。感染症対応室(隔離室)では、室内を陰圧に保つ第三種換気(排気のみ)を設け、汚染空気の拡散を防ぎます。
一方、手術室やクリーンベンチでは室内を陽圧に保ち、給気にはHEPAフィルターを使用します。吹き出し口の位置や風の向きにも配慮が必要です。
- 部屋ごとの用途に応じた空調容量の算出
- 陰圧・陽圧室の設計(感染症・手術室)
- HEPAフィルターの有無と設置箇所
- 換気方式(第一種・第三種)の適用選定
- 空気の流れ・風量・吹出口の配置計画
医療廃棄物処理
診療所で発生する医療廃棄物は、感染リスクや法的責任を伴うため、明確な分類と処理手順が求められます。特に「感染性廃棄物」は、廃棄物処理法および厚生労働省の医療廃棄物管理マニュアルに基づき、適正な分別・保管・処理が義務付けられています。
感染性廃棄物の具体例と分類
- 血液が付着したガーゼや手袋
- 鋭利な注射針・メス(穿刺・切創の可能性がある)
- 病理検体(組織・臓器等)
- 検査廃液や検査器具(使用後)
これらは内容物に応じて「液状」「鋭利」「固形」に分類され、それぞれ専用構造の容器に収納する必要があります。容器は針が貫通しない強度を持ち、漏洩・破損防止構造であることが条件です。
委託処理とマニフェスト制度
感染性廃棄物は、都道府県知事の許可を受けた業者とのみ契約可能であり、処理委託後も診療所が最終処分までの責任を負います(廃棄物処理法第3条)。そのため、委託先の「許可番号」「処理フロー」「報告体制」の確認は必須です。
また、マニフェスト制度(管理票制度)が義務化されており、処理の流れを文書または電子で記録・管理します。交付されたマニフェストは5年間保存する必要があります。
保管・表示・運搬時の注意点
- 廃棄物の保管は密閉容器に入れ、専用スペースで保管
- 「感染性廃棄物」等の明確な表示が必要
- 運搬時は、液漏れや悪臭が出ない車両設備(密閉・車室分離等)を使用
不適切な廃棄処理や、無許可業者への委託は、刑事罰や損害賠償の対象となることもあります。コンプライアンス遵守と、内部での管理責任者の明確化が求められます。
- 感染性廃棄物の定義と分類(液状・鋭利・固形)の明確化
- 貫通・漏洩防止構造の専用容器の使用
- 委託業者の許可証確認と正式な契約
- 電子マニフェスト対応および5年保存義務
- 保管スペースの密閉・表示・動線配慮
- 廃棄責任者の任命・社内マニュアル整備
防災・防犯設備
クリニックは、無床であっても「特定防火対象物」に分類されるため、消防法に基づく防災設備の設置が義務づけられています。
防災設備の基準とポイント
防災設備の基準とポイント
設備名 | 概要と設置条件 |
---|---|
自動火災報知設備 | 2015年の法改正により、延べ面積にかかわらず、すべての診療所に設置が義務化。無床診療所も対象。 |
火災通報装置 | 火災時に自動で消防署へ通報する装置。全診療所が対象。特に夜間や休診時間の安全対策として重要。 |
消火器・非常灯・誘導灯 | 全てのクリニックで設置が必要。設置場所や数は建物の構造と面積により決定。 |
スプリンクラー | 有床診療所または延べ面積が一定以上の施設で義務。詳細は管轄消防署との協議が必要。 |
防火対象物使用開始届 | 新規開業時に消防署へ提出が必要な法定書類。届出がないと診療開始できない場合がある。 |
防犯設備と診療科特有の配慮
防犯面では、受付や出入口に防犯カメラを設置し、夜間診療に備えて非常通報装置の導入も有効です。産婦人科ではナースコールやチャイムで安全性とプライバシーを確保します。
放射線室には、放射線管理責任者の表示や線量計の設置も必要です。
- 防犯カメラ:出入口や受付周辺に設置。録画機能付きのものが推奨。
- 非常通報装置:受付や診察室から直接警備会社や警察に連絡できる装置を導入。
- ナースコール・チャイム:特に産婦人科や精神科では、患者のプライバシー確保や安全確認のために有効です。
- 施錠機構:薬品保管庫や検査室への無断立ち入りを防止するための電子錠やICカード制限も。
- 自動火災報知設備・火災通報装置の設置(延べ面積に関係なく義務化)
- 消防署との事前協議と届出(使用開始届・設計同意申請)
- 消火器・非常灯・誘導灯の数と配置
- 防犯カメラと非常通報装置の導入と設置位置
- 診療科別の防犯配慮(チャイム、鍵、記録管理など)
医療機器用電源・配線
医療機器の電源は、家庭用電源とは異なり、精度・安定性・安全性のすべてが求められます。医薬品医療機器等法(薬機法)により、国際規格(IEC60601-1等)への準拠が必要で、電圧異常が患者の健康に直接影響する可能性もあるため、停電時の備えやノイズ対策も含めた全体設計が欠かせません。
法的基準と現場対応
- 日本の電気事業法に基づき、100Vは「101V±6V」、200Vは「202V±20V」の範囲内に収める必要があります。
- 高周波機器(電気メス、レーザー機器など)にはノイズ遮蔽付きの専用回路、強化接地が推奨されます。
- 一部の医療機器(特に外部電源型)には、停電時の警報装置設置が義務づけられています。
停電対策と施工計画
- 医療機器の仕様書に基づく必要電圧・容量・周波数の確認
- 専用回路・ノイズ対策の必要性と施工計画
- アース工事・漏電遮断機の設置
- 高容量機器の配線経路の確保(床下・壁内)
- 点検・更新スケジュールの管理
駐車場・外構・バリアフリー設計
高齢者や車椅子利用者も安心して通えるよう、駐車場やスロープ、トイレなどの設計は早期段階から検討が必要です。
自治体条例と法的基準のチェックポイント
駐車場については、地域によって異なりますが、東京都23区(商業地域など)では、延べ面積1,500㎡超の特定用途建物で250㎡ごとに1台、地方や住宅地では300㎡ごとに1台など条例で定められています。
また東京都では、無床診療所でも延べ500㎡以上でバリアフリー義務化の対象となります。
建築物移動等円滑化基準(バリアフリー法)による基本仕様
バリアフリー基準一覧
対象項目 | 基準内容 |
---|---|
廊下幅 | 120cm以上(車椅子同士がすれ違える幅) |
出入口幅 | 80cm以上(90cm以上が望ましい) |
スロープ | 勾配1/12以下、幅120cm以上 |
トイレ | 車椅子対応個室の設置+オストメイト対応器具が望ましい |
駐車スペース | 車椅子対応幅3.5m以上を1台以上設置 |
診療科によっても動線の設計は異なります。特に整形外科やリハビリ科では、松葉杖利用や介助者の動線も考慮し、ゆとりある通路・動線計画が求められます。
- 自治体の駐車場設置基準の確認と必要台数の確保
- 車椅子用駐車スペース・通路幅の設計
- 段差解消とスロープ整備(勾配・幅を法基準に準拠)
- トイレ・診察室のバリアフリー対応(扉幅・回転半径)
- 外構(看板・照明・歩道)の安全確保
- 床面積500㎡以上での条例適用の有無確認
診療科別に見るインフラの注意点一覧
診療科 | 注意すべきインフラ要素 |
---|---|
放射線科 | 遮蔽施工、高電圧電源、排気・冷却システム、床下配管(MRI対応) |
透析科 | RO装置、専用排水、中和装置、大容量給排水、三相電源、停電対策 |
外科・手術系 | 陽圧空調、手術灯用独立電源+UPS、HEPAフィルター、清潔動線 |
内視鏡科 | 高温給湯、器具洗浄排水、薬液処理、洗浄シンク、防水・換気設備 |
小児科 | 低位置洗面器、バリアフリートイレ、感染対策ゾーニング、空気清浄 |
整形・リハ科 | 段差解消、スロープ、廊下幅120cm以上、車椅子駐車場(3.5m幅) |
産婦人科 | ナースコール、音配慮のドアチャイム、防犯設備(夜間出入口対策) |
インフラ整備は診療品質への“目に見えない投資”
クリニックを円滑に運営するには、診療機器やスタッフだけではなく、それを支えるインフラの設計・導入が不可欠です。トラブルを未然に防ぎ、診療の質を確保するためにも、医師自身が設備の基本要件を理解し、信頼できる業者と連携して準備を進めましょう。
関連ガイドライン・資料(参考)
- 『建築物のバリアフリー設計指針(令和元年版)』発行:国土交通省/日本建築学会
→ 廊下幅・出入口幅・スロープ勾配・トイレ構造などの寸法基準 - 『高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(バリアフリー法)解説資料』発行:国土交通省
→ バリアフリー設計における義務適用基準(500㎡以上 等) - 『電気設備技術基準・解釈(2023年版)』 発行:経済産業省 資源エネルギー庁
→ キュービクルの設置条件、操作距離、絶縁・接地・漏電対策など - 『医療施設の空調・換気に関する手引き』 発行:厚生労働省 医政局
→ 陰圧・陽圧管理、感染対策を考慮した換気要件とフィルタ仕様 - 『診療所における医療廃棄物管理マニュアル』発行:厚生労働省/日本医師会
→ 感染性廃棄物の分別、保管容器、中和装置、委託処理ルール - 『増圧直結給水に関する技術指針』 発行:公益社団法人 日本水道協会
→ クリニック等での給水能力確保・逆流防止器の選定 - 『福祉のまちづくり条例(各自治体版)解説』 発行:東京都、大阪府 ほか地方自治体
→ 自治体ごとのバリアフリー設置要件(駐車場、スロープ、案内板等) - 『消防法施行令解説 自動火災報知・通報装置』 発行:総務省 消防庁
→ 延べ面積問わず診療所における設備設置義務の詳細解釈
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