武藤 真祐(むとう しんすけ)
医療法人社団鉄祐会理事長 株式会社インテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長
祐ホームクリニック理事長。株式会社インテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長。日本内科学会認定内科医、日本循環器学会専門医、医学博士。東京大学医学部卒業。東京大学大学院医学系研究科博士課程修了。東京大学医学部附属病院、三井記念病院にて循環器内科、救急医療に従事後、診療所にて在宅医療に携わる。その間、2 年半宮内庁で侍医を務めた経験を持つ。また、マッキンゼー・アンド・カンパニーで経営コンサルタントとしても活躍。2015 年には第二回イノベーター・オブ・ザ・イヤーを受賞。起業家としても日本の医療業界を支える第一人者である。
近年、様々な方面で遠隔診療サービスが展開されつつあるが、これに対し懐疑的なスタンスをとっている開業医は多い。そこで今回は創刊特別企画として、医療法人社団鉄祐会理事長で、オンライン診療システム「YaDoc」を事業展開する株式会社インテグリティ・ヘルスケア代表取締役会長も務める医師で起業家の武藤真祐氏に「遠隔診療の今とこれから」についてお話を伺った。
遠隔診療をめぐる近年の動向
遠隔医療は、厚生労働省から出されているガイドラインにおいて、医師が訪問できないような離島や僻地において、限られた疾患の中だけで実施されるものと以前は定義されていました。近年では、日本遠隔医療学会などで、遠隔医療が政府のサポートを受けてトライアルという形で一部実施されていますが、本格的に一般診療に遠隔医療を取り入れていく動きが出てきたのはごく最近です。このように、Doctor to Patient の現場では規制が多かった一方で、放射線医や病理医などが行う検査などDoctor to Doctor の現場では、すでに遠隔医療が比較的積極的に取り入られています。
一般診療において遠隔医療を推進する流れが徐々に出てきたのは2013 年頃からで、医療の偏在や医療費の適正化という問題が表面化する中で、遠隔診療をもっと拡大して活用していくべきではないかという議論が活発に行われるようになりました。こうした流れを受けて、2015 年8月には、厚生労働省の医政局長名義で、遠隔診療を推し進める内容の通知が出されています。この文書では、「離島や僻地に限らない」「特定疾患に限らない」「対面診療と適切に組み合わせればよい」といったより広い解釈を提示し、遠隔診療のガイドラインに記載された適用範囲の明確化を行いました。この通知をもって、「遠隔診療の解禁」であると医療業界で捉えられるようになってきたのです。
こうした流れがある一方で、診療の質を損なう遠隔診療への注意喚起も政府から出されています。例えば、既存の医療サービスの崩壊を招くのではないかと懸念を感じた東京都は、厚生労働省に疑義照会を提出。それに対し、2016 年4 月に、医政局から遠隔診療を提供する事業について「対面診療なしは医師法に抵触する」との回答が出されています。
現実問題として、メールやSNS を利用した本格的なデジタル診療を行うクリニックや、インターネットを使った遠隔診療サービスが興隆していく中で、遠隔診療の法的整備は急務です。
そして、今年の4 月14 日に開催された第7 回未来投資会議において、対面診療と組み合わせるという条件付きでメールやSNS といったインターネットサービスを活用した遠隔診療も認めるという最終的な判断が政府から出されました。従って、2018 年度の診療報酬改定において、何かしらの形で遠隔診療についての項目が追加されると予測されています。
遠隔診療が秘めている可能性とは
遠隔診療に対して、日本医師会は基本的に非常に慎重な姿勢をとっています。なぜなら、患者さんの匂いや歩行の様子など、五感で感じられる情報の全てがあって適切な診療ができるのであり、動画だけでは適切な医療を提供するには不十分だと考えている医師が医師会には多いからです。こうした考えに共感する面も多々あるのですが、遠隔診療は今後の医療において遠隔診療は必須の領域であると私たちは考えます。その主な理由は以下の3つです。
1つ目は、患者さんが、何かの理由で通院するのが困難である場合や、患者本人が病気や怪我を自覚せずに結果的に重症化してから病院に来院するといった問題を解決する一つの方法であるからです。2つ目は、患者さん側から適切な情報が医師に伝わってきていないという医療現場における課題に対しても、ソリューションを提供するものになり得るからです。高齢化が進む中で、認知症の患者さんも増えており、患者さんの日常生活が本人から語られることなく、診療にあたるケースも増加しています。また、情報提供が不十分な状況下で、若手医師がベテランの医師のように経験則で患者の状態を把握し、適切な医療に導くといったことは困難です。これらの状況において、ICT 技術を活用することのメリットは大きいと考えています。
3つ目は、薬をきちんと飲んでない患者さんや、治療からドロップアウトしてしまう患者さんが多いという課題に対しても、オンラインの遠隔診療が貢献できる部分があると考えているからです。近年、コンプライアンス(患者が医師の指示通りに処方された薬を服薬すること)だけでなく、アドヒアランス(患者が積極的に薬剤の選択に参加し、その決定に従って服薬・治療にあたること)という言葉が盛んに使われるようになってきています。こうした新しい診療の在り方においても、遠隔診療が果たす役割は大きいと考えられます。
私たちが、オンライン診療と定義しているものには、大きく分けて「オンラインモニタリング」「オンライン問診」「オンライン診察」の3つです。対面の診療と組み合わせて導入するということが原則ですが、これらを適切に取り入れることによって、通常の診療と比べて、質の劣ることのない医療が提供できるのではないかと考えています。一方で、オンラインだからこそ質が向上する要素もあると考えます。例えば、IoT 機器を活用することによって、患者さんの行動や服薬状況を記録するといった、今までは出来なかった診療アプローチを導入することも可能です。
また、患者さんの利便性が高まることで、治療からドロップアウトする人が減ったり、患者さんから情報が医師へ包括的に集まる可能性も高まると考えられます。例えば、映像から見えてくる部屋の様子から、患者さんの性格や生活習慣が見えてくることもあるでしょう。他にも、問診にかける時間が減るので、より多くの患者を診察することが可能になることや、医師と患者さんのタッチポイントが増えるので、定期的に患者さんが来院するといったメリットもあると考えられます。このように、遠隔診療は、既存の診療に対しての非劣性のみならず、優越性も生み出していけると考えています。
こうしたコンセプトを具現化するために私たちは「YaDoc」という次世代の医療インフラサービスを開発しました。このサービスは、福岡市におけるパイロット事業にも採択され「かかりつけ医」の機能強化事業として実証実験が行われています。同サービスは、短時間でも医師と患者さんが十分なコミュニケーションがとれるようにシステムを構築しているので、患者満足度も高く、医師の生産性も向上するという結果が得られています。
在宅医療においても同サービスは既に導入がされており、医師からは「施設から送られてくる情報が丁寧になって、情報量が増えた。それにより患者さんの日々の様子がよくわかるようになった」という声や看護師からは「患者の変化や状況などを訪問前に事前に医師が確認できるので、診療時の情報共有がスムーズになった」という声が上がっています。
遠隔医療の普及には、患者さんにとっては利便性が上がること、医師にとっては適切な情報のインプットのもとで診断や検査ができるというメリットがあること、社会にとっては、両者の結果として医療コストの削減や、臨床的なアウトカムの上昇などが実現されるという「3方良し」といった考え方が重要だと私たちは考えています。本記事を通じて、遠隔診療は開業医にとってもメリットが多いものであるということが少しでも伝わると幸いです。
遠隔診療とマーケティング戦略
前回は遠隔診療の現状について解説いたしましたが、今回は開業医の方が実際に遠隔診療を導入していく際に、考えておくべきポイントや、遠隔診療サービスに関する今後の展望についてご説明いたします。
私は経営コンサルタントとして活動していた時期がありますので、クリニック経営におけるマーケティング戦略という観点でも考察してみたいと思います。マーケティングでは既存の顧客だけでなく、今後顧客となりうる「潜在顧客」にいかにアプローチしていくかということが重要であると語られることが多くあります。遠隔診療の導入は、ある意味ターゲットユーザーを広げていく可能性もあるので、潜在的な患者さんを掘り起こすこともできると考える方もいると思いますが、それは少し難しい部分があります。
なぜなら、診療報酬を請求できるのは、現行の制度では、再診だけだからです。私たちのサービスにおいても初診の遠隔診療は行なっていません。とはいえ「少し風邪をひきました」といったケースでは、いちいちクリニックに行くよりも、追加料金を払ってでもすぐ見てほしいといったニーズはあると考えられ、実際に、それなりに高い予約料金をとって、遠隔診療で対応しているサービスも一部で存在しています。ただし、そうしたサービスが、対面診療が基本であると考える医師会の方々に、今後支持されていくとは考えにくいでしょう。
こうした側面を考慮すると、遠隔診療をクリニックに導入するマーケティング的な意義は、潜在的な患者さんを掘り起こすというよりも、患者さんのリテンション(既存の顧客との関係を維持してくマーケティング活動のこと)を向上していく要素を持っている点にあるのだと思います。また、クリニックが混雑しているという理由で診察できなかった患者さんも受け入れ可能になるというメリットもあります。この観点からすれば、潜在的な患者さんが掘り起こされたという見方もできるかもしれません。
遠隔診療と在宅医療
遠隔診療というのは、在宅医療と組み合わせることで、さらに可能性が広がると考えます。今までの離島や僻地における遠隔診療では、現地に看護師がいて、遠方の医師とやり取りをしながら診察するというスタイルも存在していました。現在は遠隔診療の技術もかなり進んでいますので、システム上で対応できることも増えてきているのではないでしょうか。
そうした流れで考えると、在宅医療を受けている患者さんであれば、触診や注射といった医療行為を医師の指導のもと看護師に行ってもらうという対応も十分可能かと思われます。ただし、医師と対面治療を行なっていない患者さんに対しては、このような対応は難しいでしょう。
遠隔診療に向いた診療科とは
私たちのサービスは、本誌の読者である開業医の方々はもちろんのこと、総合病院や大学病院に勤務する専門医に向けても情報発信しており、様々な診療領域のドクターをターゲットとして展開しています。専門医向けの遠隔診療という観点で解説をすると、遠隔診療に向いた診療科と、そうでない診療科があるということは、注目しておくべきポイントかと思います。具体的な診療科をピックアップすると誤解が生じてしまう可能性がありますので、いくつか特徴を挙げてみます。
1つ目は、前述のように初診から遠隔診療を行うということではなく、基本は継続的に病院にかかる患者さんがメインであるという前提があるかどうかという点です。2つ目は、病気であれ怪我であれ、症状に関する指標がとれるような診療領域であるという点です。私たちのサービス「YaDoc」では、診療科目ごとに、その専門学会のガイドラインに基づいて、スコアなどをKPI として記録できるオンライン問診を機能として搭載しています。また、こうした専門性を強化していく機能がある一方で、自分の専門でない診療領域についても対応できるように、診療の手助けとなるような情報提供やリソースの共有も可能にしていく予定です。
3 つ目は、指標がとれたら、それに対してきちんと早期介入ができるような診療領域であるという点です。これら3つのポイントに合致する診療科については、遠隔診療の導入を前向きに検討する意義はあるかと思います。 こうした要素に加えて、遠隔診療はスマホやタブレットなどの携帯端末を使って、アプリをインストールしてもらって初めて機能するスタイルが主流となってきていますので、インストールしてもらうために、患者さんにとってのインセンティブがあるような行動喚起も必要になってきます。
この点については、サービスの開発に関わる部分ですが、ドクターが考えるべきことは、数多くある遠隔診療サービスの中から、どれを選択するべきかという判断材料にするということになるでしょう。
遠隔診療と薬の処方・医療事務
今後の遠隔診療について、薬の処方についても少し解説をします。注意しなければいけないのは、薬を処方ができるかという話と、処方された薬をどうやって受け取るのかというのは全く別の話であるという点です。基本的には、現行の法制度でも薬の処方は可能です。ただし、それは既に治療の中で投薬されている薬を継続して処方する場合や、痛み止めや解熱剤といった頓用薬に限った話で、遠隔診療の中で新たに見つかった疾患や怪我などに対しての処方を行うことはできません。
また、薬を受け取る方法についてですが、現行の法制度では服薬指導について厳しく規定がありますので、基本的に患者さんに処方箋の原本が届いて、それを近くの薬局に持っていって薬を処方してもらうという受け取り形式は依然として残っています。服薬指導については、慎重に考えなければいけませんが、医療特区制度などで、それらを簡易化したシステムが実験的に取り入れられているなど、現在、規制緩和に向けて有識者たちが政府に働きかけている最中です。
同様に開業医が気にかかる点として、医療報酬や保険適用などに関する事柄もあるかと思います。遠隔診療で得られた診療のログやデータはカルテにはなりませんので、別にカルテを作成して同内容の診療記録をとる必要があります。2重に手間がかかることになりますので面倒だと感じる方も多いかと思いますが、これについては、レセコンや電子カルテと連動できるようなサービスが開発されれば、解決されることかと思います。また、録画された映像などをアーカイブできる電子カルテなども開発されつつありますので、手間が増える以上に得られるメリットも多く、長期的にはコストも削減されていくだろうと考えています。
私どもの「YaDoc」は、福岡で行われている実証実験だけでなく、すでに東京のクリニックでも使用されています 。遠隔診療に関する質問に丁寧に回答することで、医師会の方々にも、ご理解をいただけたと手応えを感じることも多く、応援してくださる先生も増えました。本稿においても、これからの日本の医療を支えていく開業医の方々に、遠隔医療の持つ可能性が正しく伝わることを願っています。