日本における医療AIの現状と行く先 / 東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター 越野沙織氏

東京大学医学部附属病院「22世紀医療センター」は国内の臨床医学における産学連携の重要拠点です。今回は、コンピュータ画像診断学の特任助教である越野様に、日本の医療AIの現状と今後についてお話をお伺いしました。(取材は2023年2月に行ったものです)
越野様には、現在公開中の診療所マネジメントEXPOにご登壇いただきます。

診療所マネジメントEXPO講演内容をお聞かせください

講演タイトル『AIで支える未来の医療』
講演では、医療AIでできることや医師に求められるスキルについてお話しします。
画像診断はAIとの相性も良く、私自身も脳動脈瘤の診断AIの開発や検証を行い、薬事承認を受けて導入されています。
放射線科医は1日に50〜100症例の画像の読影をしますが、人間なので疲労や集中力の低下が出てきます。医療AIを活用することで、病変の見落としを減らしたり、業務効率化につながったりするでしょう。

しかし、医療AIの解析はブラックボックスと言われており、結果に至る過程は分かりません。また、解析が得意なAIにも癖やエラーがあるので、医師による管理が必要になります。
特に、日本では画像診断を主治医がすることもしばしばです。講演では、AIを活用した医療の姿についてお伝えできればと思います。


診療所マネジメントEXPOログインページへ

日本は諸外国に比べて医療AIの導入例が少ないのはなぜでしょうか?

研究環境の違いが導入に影響
アメリカを例にすると、産学連携が密です。日本でも産学連携が行われていますが、規模も小さめです。アメリカでは研究費も膨大で、新しい技術が生み出される基盤となっています。研究員も医師だけでなく、工学者や数学者など様々な分野の専門家が集まっています。

また、日本はアメリカやイギリスなどの諸外国と比べると、個人情報のデータの取り扱いが難しく、社会での応用化にかかるスピードも大きく異なります。アメリカでは、AI開発から社会実装まで早ければ3ヵ月程度と短期間で承認がされますが、日本では承認までの期間が長く、その分現場の導入も遅れがちです。

日本の特質が医療AIの強みに
そもそも、日本はAI研究で遅れを取っているので、これから巻き返すのは難しいかもしれません。
ただ、諸外国ではAIの数が急激に増えている分、まさに玉石混交の状態です。

日本の良い点は、有能な技術者が真剣にモノづくりに取り組み、精度の高い製品を作って世に出すことです。医療AIに関しても同じで「Made in Japan」のように、数よりも質で勝負できると考えています。

今後、日本の医療はどのように変化していくとお考えですか

医師がやらなくてもよい仕事をAIが担当する時代に
おそらく10年後は、医療現場にAIがさらに取り入れられ、業務の効率化ができるはずです。現在当たり前に行われているタブレットを使った問診票の記入は、私が子どもの頃にはありませんでしたが、これと同じで医師がやらなくてもよく、むしろAIが得意な仕事が増えていくでしょう。AIが得意な分野は任せて、それ以外の部分は医師が担うようになると思います。

とはいえ、AIを導入しても、人間にしかできないことはあります。
例えば、触診や手当てはAIにはできないですし、患者さんの今後の経過を知るのにAI予測だけでなく、医師の直感が必要になることもあります。

また、AIによる病気診断に誤りがある場合、誰が責任を取るかという倫理的な問題もあります。例えば、AIが「100%肺がんです」と診断し、手術をしてみたらそうではない場合が想定されます。
ミスの責任はAIの開発メーカーなのか、執刀医師なのか、AIと一緒に診断した放射線科医なのかという問題が出るかもしれません。そのような意味でも、AI診断があっても、医師の診断は必ず必要になるはずです。

このようにAIが100%確定しても、医師にとってはそうではないことも十分あります。医療の効率化のためにAIを活用するにしても、医師が管理しながら関わっていくことになると思います。

医療AIが導入されてから活用スキルを磨く
AI診断も完璧ではありません。例えば、画像診断AIにより見つけにくい脳動脈瘤を発見できる一方で、脳動脈瘤でない箇所も病変と診断される可能性もあります。

医療現場にAIが導入された場合は、実際に使いながらAIの持つ癖を見抜く力も必要です。医療AIに完全に頼るのではなく、医師が主体となって使うことが求められます。

プロフィール


東京大学医学部附属病院 22世紀医療センター コンピュータ画像診断学/予防医学講座 特任助教(2023年4月より東京大学医学部附属病院 放射線科 特任助教)
順天堂大学医学部 放射線医学教室 放射線診断学講座 非常勤助手
越野 沙織氏

これまで放射線科医としてCT・MRIなどの画像診断を行ってきました。
子どもの頃から将棋を指しており、9歳の時にNHKの番組で羽生善治先生と対局させていただいたこともあります。盤上ゲームとAIの歴史は古く、私も将棋のAIゲームを使っていたので、自分にとって身近なテーマでした。

放射線科医1年目のときに、エルピクセル株式会社から共同研究のお話をいただき、脳動脈瘤を検出するAIの研究に参画しました。2019年9月に脳動脈瘤検出AIが国内初の薬事承認を取得し、2022年の診療報酬改定では、画像診断管理加算3に新たに画像診断AIの要件が加わりました。
現在では、AI開発や共同研究に加えて、薬事承認されたAIの性能評価や、臨床での使用時の問題点の抽出と改善を行っています。