医療AIのパイオニア「EIRL」のいま -エルピクセルが仕掛ける次の一手

ライター 高山豊明

医療AIのパイオニア「EIRL」のいま

『医療AIを追う』シリーズ第2回は、「EIRL(エイル)」を手掛けるエルピクセルを取材した。
エルピクセルの創業は2014年3月。東京大学の研究室メンバーで会社を作ったのが始まりだ。今から10年も前から診断支援AIの開発を手掛ける、パイオニアの存在と言ってよい。

2016年に8億円、2018年に約30億の資金調達を行い、AI画像診断支援ソフトウェアの上市に向けて製品開発や法規制対応、販売体制を整備。2019年、製品が初の薬事承認を受けて、いよいよ事業拡大という時、会社の存続が危ぶまれる事態に追い込まれた時期もあった。

そのような過去を乗り越え、今では多くの医師がEIRLのメリットを評価し、日々の診療に役立てている。クリニックでの実例をもとに、その実態を追う。

AI画像診断支援のクリニックでの活用

エルピクセルは独自の人工知能(AI)アルゴリズムを用いた画像診断支援技術EIRLを全国の医療機関に導入している。導入数は全国で630件(2023年12月現在)。この技術を活用する医師の津端俊介氏に話を伺った。

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新潟県三条市で地域に根差す津端内科医院

選定理由と導入メリット

新潟県三条市にある津端内科医院ではEIRLを導入している。津端内科医院は津端医師が父から承継した、地域に根差すクリニックだ。

EIRLを導入した理由について、津端医師は「ダブルチェックの機能を期待していました。」と語る。導入当初は不安もあったが、その期待に応える結果が出ているという。もともと、病院勤務をしていたときは、X線撮影診断の際には放射線科の医師にも見てもらう‶ダブルチェック体制〟があり安心感があった。

しかし、開業医となってからは、コスト的にも、読影だけのために医師を雇うことはできない。ダブルチェック体制を自院内に構築することは小規模クリニックには難しい。その実現の方法を探っていたところ、いくつかの診断支援ソフトがあることを知った。そして、様々な面から検討した結果、EIRLの導入を決めた。「とにかくシンプルに、診療の妨げにならないシステムを探していたところ、ちょうど当てはまると思い、使い始めた」と振り返る。

導入してすぐ、AIを使って良かったと思える症例があった。

ある日、呼吸困難感を訴える患者の胸部X線を撮影した。特に異常はないと思ったが、EIRLから注意が促された。左側の肋骨と肋骨との重なりの部分に、赤いスポットが付いたのだ。半信半疑ではあったが、患者に説明し、同意を得たうえで、念のためCTを撮影した。すると、実際に小結節が見つかった。

このような体験は、一度ではなかった。心臓の陰影に被る箇所に、粗大な腫瘤がちょうど大動脈弓に重なるように存在していた。普段であれば、まず見落とすことのないはずの病変だった。しかし、このときは見落としてしまっていた。検査や処置が多かったこともあり、集中力が散漫になっていたことが原因だったのかもしれない。その中にあっても、EIRLは見逃さずに検知してくれた。AIは疲労を知らない。自分以外の‶誰か〟がダブルチェックしてくれるメリットを大いに感じた。

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100kmマラソンを完走する市民ランナーでもある津端俊介医師

津端医師は率直に語る。「どこの施設もそうだと思うのですが、当院でも、診察したり、エコーや胃カメラしたりと、慌ただしく診療している中で、胸部X線画像を診断しています。集中力を保つように注意しているつもりでも、どうしても注意力が散漫になってしまう瞬間がある。そのような状況で、小さい結節をEIRLに見つけてもらって、病院に紹介し、肺がんの診断がついて、手術して頂いたということもありました。これは見落としたら大変なことだったよね、というような病変をEIRLに拾い上げてもらったという経験も幾度かしています。」
多種多様な症例と向き合い、一人でありとあらゆる処置や検査をこなすクリニックにこそ、疲れを知らずに粛々と病変を検出してくれるAIの存在が必要なのかもしれない。

読影の学習にも役立つ

特に、微小な病変を見つけるのに役立つという。しかし、AIに頼っているわけではない。
「導入した目的はあくまでダブルチェックであり、当たり前のことですが、AIに依存する気はないです。絶対に自分で読影することにしていますし、むしろ、EIRLを使うことで相乗効果が生まれ、総合的な診断能力の向上を目指しています」と念を押す。

さらに、AI活用は「自分の学習にも役に立つ」という。次元は異なるが、将棋の世界でもAIが活躍している。史上最年少で名人となった藤井聡太氏はAIを相手にパターンを学習することで、誰よりも早く最善手を打てる能力を習得したことは有名だ。津端医師も自身が読影する中で、「もしかしたら、この箇所を微小病変としてEIRLが引っ掛けてくるかもしれない」といった思考ができるようになり、最近は、読影の学習にも寄与するのではないかと感じているそうだ。

患者の反応

患者の反応も概ね好意的だ。患者には医師の診断とAI診断の両方の見解を伝える。両方の見解が一致して「異常なし」の場合は、患者もより一層喜んでくれる。安心感が増すのだろう。反対に、「異常あり」で見解が一致している場合では、患者の納得度が高いため、精密検査への移行がスムーズに行える。「患者さんからしても、AIを使ったダブルチェックを肯定的に捉えてくださっている」という。

クリニックでの使用感

EIRLの使用感について津端医師は「我々の診療を妨げないで、すーっと向こうから入り込んで来て判定してくれる。この感覚というのはすごく心地が良い。このシンプルさはおそらくEIRLの一番の良さではないかと、勝手ながら思う」と評価する。

AIと言うと、先進的な印象を持つ。大病院や大学病院などの大きな施設が使うイメージを想起するが、小さな規模の開業医にもお勧めできるものなのか。
「私みたいに医師が一人しかいなくて、周りにもなかなか手を伸ばせないようなクリニックの先生、しかも自分が専門としていない領域のダブルチェックとしてAIを使うのはとても有用なのではないかと思います。あくまでも自分の使用した経験からすると、本当に助けてもらっているので、私みたいな立場の開業医の先生に使って頂くのは意味があると思う。」と力を込めた。

これからどのようにAIを活用していくのか。津端医師は、「AIのありがたさをさらに享受するため、今後、全例にAIチェックを実施したいと考えている。AIに頼り切りにはならないことを肝に銘じつつ、AIと付き合ううちに、自分の読影力が向上していくといった利点も活かしていきたい」と、自身の診療の質を向上するために活用していくようだ。

EIRL開発者の視点

エルピクセル株式会社の取締役COOである福田明広氏にも話を伺った。福田氏は、診療放射線技師としての知識や経験を活かし、システムエンジニアとしてEIRLの開発に携わってきた。理知的でありながら人あたりが柔らかく、誠実な眼差しが印象的だ。

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取材に応じるエルピクセルCOOの福田明広氏

AI普及の課題

2023年10月時点で、米国食品医薬局(FDA)における医療AIの登録数は約700を数える。また、欧州各国も後を追うように医療AIが活発に誕生している。一方、日本は大きく遅れを取っている。最近では「AI後進国」として有名だ。AIという言葉が出始めた頃から、AIは人間の仕事を奪う存在として日本では忌避感が強かったように思う。しかし、最近は、うまく活用する存在としての認知が広がってきたように感じる。

福田氏は、「この10年間でアーリーアダプター層が医療AIを導入し、ちょうどキャズム(イノベーター理論でいうところの‶死の谷〟)に差し掛かっている。一般化を進めることが次の課題」と現状を分析する。以前よりもAIに対するネガティブな反応は少なくなっているというが、「今後はポジティブな反応が増えていくことを期待しています」と語る。

導入先の多様性と共通したニーズ

EIRLの導入先は病院、診療所、健診施設、遠隔読影の企業など多岐にわたる。共通するニーズは、診断精度の向上と診断時間の短縮、医師の負担軽減だ。

診断精度の向上は、ダブルチェック機能だ。医師は1つの陰を発見したとき、数十もの病気の可能性に目を向ける必要があるという。今の時代、医師が余っている施設はない。読影が必要な検査は非常に多いが、ダブルチェックする人員はどの施設でも不足がちだ。そのような時、AIにダブルチェックをさせることで、少ない人員でも見落としを防ぐことに役立つ。

また、診断支援AIは結果が出るのが非常に速い。デジタルの良い点の一つだ。日々、AIエンジンの開発技術は向上している。今後、ますます、膨大なデータを迅速に分析することが可能になるだろう。瞬きをしている間に、結果が出る世界が目前に迫る。

そして、その結果、膨れ上がる医師への負担を軽減することができる。前述の津端医師も実感しているように、小規模の施設では、一人の医師が行う診療業務は多岐に渡る。スタッフに任せられない診察業務も多い。持続可能な医療提供体制を考えたとき、その司令塔である医師の業務負担を減らすことはとても重要だ。

AIを普及させるプロジェクト

福田氏は、医療にAI活用を拡げる取り組みとして、「EIRL AIパートナープログラム」の提供を開始している。自社が手掛けるソフトウェアに留まらず、他社が発案し、開発を進めるソフトウェアの上市を支援する。今まで、医療画像解析ソフトウェアの開発、薬事承認、販売までを自ら行ってきた経験を活かし、他社支援も行う。自社だけでは実現が難しい広範囲にわたる領域にもAIを根付かせるための活動だ。すでにNTTデータが開発した「脳MRI診断支援AI技術」をエルピクセルが製品化、販売を支援するプロジェクトが開始されている。

未来への展望

最後に、EIRLが10年後の医療現場で果たす役割について伺ったところ、「より多くの臨床データを蓄積し、診断精度がさらに向上することを期待しています。また、AIが医療従事者と協力して働くことで、患者にとってより良い医療体験を提供できると信じています」と決意を滲ませた。

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AI診断支援システムの開発に挑むエルピクセルのメンバーと共に

編集後記

この取材を通して、AI診断支援がクリニックの現場で実際に活用され、患者の微小な病変の見落としを減らしていることを知った。早期発見が求められる中、今後ますます重要な役割を担うことになる。患者への実質的なメリットを提供しつつ、同時に臨床データが蓄積されていく。このように、診断の精度が向上していくことで、AI診断支援の価値は大きくなっていく。クリニックでのAI活用が医療の質を高めていく可能性があることに目を向け、開業医が主体となって医学の進歩を早めていく活動も重要だと感じた。(了)