女性の幸せをサポートするクリニック経営

小林 肇(こばやし はじめ)

東京フェリシアレディースクリニック院長

日本医科大学卒業。ハーバード公衆衛生大学院修士課程卒業。ハーバード大学客員研究員(ハーバード大学関連医療機関の医療安全シミュレーショントレーニングを行うCenter for Medical Simulation にてスタッフとして従事)。日本医科大学大学院で医療安全分野の研究にて博士号取得。医療分野以外では、グローバルコンサルティングファームであるマッキンゼーアンドカンパニーで活躍、NTT ドコモ子会社の日本アルトマークでは経営企画室長をへて、現在同社アドバイザー。2014 年より現職。産婦人科専門医、医療安全学会評議員。


お産という体験を楽しんで幸せを実感できる。そういう充実した経験を得られる場所を目指しています

多業種の取り組みを導入する柔軟性が必要

米国に留学してどのような分野を学ばれたのでしょう?

僕が産婦人科医になったのは1998年です。当時の産婦人科は3K職場(きつい、汚い、危険)と揶揄されても過言ではないくらい、厳しい状況でした。このような現状を変えて、安全で効率のよい医療を提供し、医師が働きやすい医療の在り方を探すのが、留学した目的です。ハーバード公衆衛生大学院で医療安全を学び、医療安全シミュレーショントレーニングを行う施設ではスタッフとして働きました。

米国で過ごした5年間で痛感したのは、医療を変えるためにはIT業界を含めた他業種の知恵を使う必要があるということです。医療安全は単なる訴訟対策を越えて、どうしたら本質的に安全な医療を担保できるかが肝要です。そのためにビジネススクールやマサチューセッツ工科大学などの人材とも組して、問題を解決していく姿が見受けられました。日本の医療界でも、他業種の取り組みを積極的に取り入れる柔軟性が必要です。

帰国後は何に取り組まれたのですか?

日本に帰るにあたり、他業種のノウハウやトライを勉強して理解できる職場を探してコンサルティング会社を選択し、2年間勤務しました。さらに企業の中に入って経営企画を学ぶために、医療関連企業で経験を積みました。そのころに東日本大震災が発生し、現地での産婦人科医が不足しているという深刻な状況を聞き、僕でもよければということで宮城県石巻市に行きました。実際にクリニックで臨床を手伝ってみると、さまざまな改善点が見えてきます。しだいに他業種の知恵を取り入れつつ、同時にほかの業界の方々に医療現場を知ってもらい、ものごとを改善していく経営母体がつくれないか、という思いが沸々と湧き上がってきました。当時、実家のクリニックは分娩を扱っていませんでしたが、そこで新たな産婦人科クリニックができないかということで、リニューアル開業を決意。分娩数の多い病院で3年間経験を積んだ後、2014年に当院を開業しました。

分娩方法や母乳に対する考え方は人それぞれ。どれも正解です。心配や不安をやわらげて、満足をいかにつくるか、ということに尽きます

お産という体験を楽しみ、幸せを実感するために

リニューアル開業にあたり、どのようなクリニックを目指したのですか?

産婦人科医療の目的は、当院の理念として掲げた「女性のライフの幸せをサポートすること」に尽きるのではないかと思います。当院は産科医療が中心ですが、出産は女性やご家族にとって幸せな出来事です。お産という体験を楽しんで幸せを実感することができれば、もう一人子どもが欲しいという気持ちにもなるでしょう。それが日本の未来をつくっていく力になるはずです。そうした充実した経験を得られる場所を目指しています。

ハード面ソフト面ではどのような工夫をされましたか?

当院は先代が昭和56年に設立した有床診療所を基盤に、全面リニューアルしました。建築デザイナーには、落ち着いた印象の居心地のよい空間をコンセプトにしてもらいました。とはいえ産婦人科は入りにくいイメージがあるので、入り口のスロープをあえて長めに設計し、歩くことで気持ちを落ち着かせて入れるように動線を工夫してあります。病室は、全室雰囲気の異なる8つの個室を依頼しました。

また、手ぶらで入院できるように、産婦さんのパジャマやアメニティなどの入院用品、赤ちゃんに必要な新生児用品はすべて用意してあります。外出先で陣痛が始まったり破水してしまっても、自宅に荷物を取りに戻る必要はなく、そのまま入院できるので安心です。入院中は、育児の勉強や、映画鑑賞、インターネットができる最新のiPadを1人1台貸し出して、自由に使ってもらいます。

入院中の食事は、3食ともプロのフレンチシェフが和洋中の料理を提供。出産のお祝いとして、パートナーの方と召し上がっていただくフルコースフレンチディナーをプレゼントしています。さらに退院前には、当院の皮膚科医が厳選したドクターズコスメを使用したエステシャンによるエステサービスも行っています。

新しい共助のために産後ケア施設を構想

分娩方法について、患者さんのご希望に対応されていますか?

当院での出産は、患者さんが希望される分娩方法を自然分娩、計画分娩、無痛分娩などから相談のうえで選んでいただけます。これまでのところ約5割の方が、無痛分娩を希望しました。分娩方法に対する希望は人それぞれで、母乳に対する考え方も国民性によってまったく異なります。

米国で経験したことですが、中国人の場合、お産は基本的に帝王切開で、母乳は乳母があげるので産後の乳汁分泌を止めたいという人もいました。胸の形が変わるのが嫌なので母乳をすぐに止めたいと要望されるフランスの方もいました。その一方で、アメリカ人でも陣痛を味わってみたいという人もいました。出産や授乳にはさまざまな考え方があり、どれも正解だと思います。日本人は自然分娩や母乳育児にこだわる方が多いようですが、もっと自由でいい。無痛分娩については無痛という言葉のみで選ばれる方もいらっしゃるので具体的な流れ、リスク、安全対策について詳しく説明しています。そのうえで分娩方法を選んでいただいています。また授乳についても希望に応じたアドバイスをしています。

リニューアル開業して3年になりますが、どのような手応えを感じていますか?

日本のお産は、高齢出産が増えて医療に対する期待が高まっていますので、スタッフが充実していることが重要です。当院は助産師のスタッフを数多く配置し、昼間も夜間も充実した体制を整えています。そのおかげで分娩数も増え、出産された方々の多くから「大変満足」「満足」と評価されています。当院は産科ですので、地域のお母さんたちの評判が最も重要と考えます。よい評判は一朝一夕につくれるものではなく、患者さん一人ひとりの話を丁寧に聞いて説明し、心配や不安をやわらげて満足をいかにつくるか、という地道な活動に尽きます。3年間の積み重ねで、ようやく地域に根付いた産院になってきたように思います。

3年間の積み重ねで、地域に根付いた産院に

今後、目指していくものを教えてください。

産科診療はスタッフが充実していることが重要なので、麻酔科や小児科も併設し、医師が常に数人いるチーム医療で万全な体制の施設に拡充したいです。医療だけではなく、育児支援策として産後のケア施設や子どもを預かる施設も構想しています。

私の子どもは1人目が米国で生まれましたが、そのときに周囲から「週に1日は夫婦の時間をつくりなさい」と助言されました。シッターに子どもを預けて、レストランや映画、舞台などで夫婦の時間を楽しむのが米国では普通です。
ところが日本では核家族化が進み、三世代同居で祖父母が孫の世話をするような家庭内の共助が失われ、24時間365日、親がずっと子どもを育てています。これでは夫婦の時間など、つくれるはずもありません。

昔ながらの近所つきあいで助け合う「昭和の長屋のつながり」を取り戻すのはむずかしいですが、子どもを一時的に預かってくれる施設ならばつくれます。親が病気だから、仕事の残業があるからという理由がなくても、夫婦が2人の時間を楽しむために預けることができるようにすれば、リフレッシュできて自分を取り戻し、そして夫婦の時間を取り戻す。そうすると育児から解放された時間に生まれた子供のことを客観的に考えることができるようになります。そして次の子を考える余裕も生まれてくるでしょう。核家族、共働きが多い中では「しつけや社会性を育むチャンス」が減っています。一時預かりを超えて「社会で子供を育てていく」という、新しい共助の仕組みをつくっていくために、産婦人科医として提案していきたいと考えています。他業界の方でも、この記事を読んで興味を持たれたら連絡していただけるとうれしく思います。


東京フェリシアレディースクリニック

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  • 最寄り駅 京成電鉄押上線「京成立石駅」より徒歩約2 分