医師専用AI「Cubec(キューベック)」――検索ツールから意思決定インフラへ向かう臨床ナレッジAIの全貌

臨床ナレッジAI Cubec(キューベック)サムネイル

この数年、情報の探し方が変わってきている。
かつてはGoogleの検索窓にキーワードを打ち込み、自分で情報を選び取っていた。
昨今ではChatGPTのような生成AIに問いかけ、整理された回答を受け取るというスタイルが広がっている。

では、この変化は医療の現場ではどうなのだろう。

2025年12月、医師向けの対話型AIである臨床ナレッジAI「Cubec(キューベック)」が本格的にサービスを開始した。「Cubec」は医療用途に特化した独自のLLM(大規模言語モデル)を中核に設計された対話型AIで、医師免許所有者であれば無料で登録・利用できる。

汎用AIとは異なり、医療現場での利用を前提として構築されている点が特徴だ。医師が自然文で入力した臨床疑問に対し、PubMed論文、医療用医薬品の添付文書、専門医が整理した「医学ノート」という3つの情報源を統合し、出典を明示した形でエビデンスに基づく回答を提示する設計となっている。

開発元の株式会社Cubecは、大阪府吹田市の国立循環器病研究センター内に拠点を置く、ヘルスケア特化の生成AIモデル開発スタートアップだ。

「Cubec」は診療所の日常をどこまで変えるのか。本記事では、その実態を追った。


クリニック院長が語る臨床ナレッジAI「Cubec」の使用感

早速、大分県大分市で「わだ内科・胃と腸クリニック」を開業している和田蔵人院長にお話を伺った。
和田医師は消化器内科を専門としながら、開業後は一般内科も幅広く診療している。高血圧や脂質異常症といった一般内科領域の疾患では、診療の中で確認を行いながら治療方針を判断する場面もあるという。

和田医師は、「Cubec」に組み込まれている専門医監修の「医学ノート」の監修業務に関わったことをきっかけに、「Cubec」の存在を知った。現在では最大で1日に5回程度活用している。

実際の診療の中で「Cubec」をどのように使っているのか、和田医師に使用感を聞いた。

わだ内科・胃と腸クリニック和田院長
取材にご対応いただいた「わだ内科・胃と腸クリニック」和田蔵人院長

診断よりも治療方針決定に役立つ

和田医師によると、「Cubec」を使う場面は診断そのものよりも、治療方針を決める段階であるという。

「治療方針を決めていく上でどういった薬を使うか、また、翌日に来る患者さんの治療方針を、前もって前日の診療後などに予習をする時によく使います。時々来院する小児の薬剤量の計算などもパッと確認できるので助かっています」

和田医師は、「Cubec」を診断を直接補助するAIというよりも、治療の裏付けや次の一手を整理するための確認ツールとして活用しているという。
実際の使用場面は、主に次のようなケースだ。

和田医師が語る「Cubec」の活用場面

・甲状腺機能異常値の鑑別

「甲状腺機能の異常値が出た場合に、その数値を入れるとだいたいの疑いを出してくれ、その後の検査の追加項目を示してくれるので使いやすいです」

・高血圧コントロール不良時の治療検討

「血圧のコントロールがうまくいかない場合にどういったことを考えればいいか、プラスアルファで投薬すべきなのかという判断の手助けになっています」

・添付文書・承認用量への即時アクセス

「薬剤の添付文書にダイレクトに進んでいける。小児は体重で投与量を決めますが、使いたい薬で調べるとパッと出てきてくれる。
いろんなものを出して調べなくても一元的に見れるところが使いやすい」

・履歴機能による過去検索の確認

「履歴に飛べば過去調べたことをパッと見直せる。調べ直さないでいいというところは便利です」

こうした使用場面は、診療の裏側だけでなく、患者への説明のあり方にも影響しているという。
和田医師は、エビデンスに基づく説明が持つ意味についてこう語る。

「学会が推奨している値はこうで、こういうリスクがあるから服用したほうがいいといった公的な情報を交えて伝えることで、説明に説得力が生まれます。僕個人の意見というよりも、ガイドラインに基づいた判断だと伝えられるんですよね」

「Cubec」は患者が直接使うことを想定したツールではない。しかし、医師が「エビデンスに基づく判断」であることを根拠とともに説明できることは、患者にとっても納得感を高め、意思決定の透明性を支えることにつながる。

従来の検索からの変化

従来、臨床疑問が生じた際には、書籍やガイドラインを参照するのが基本だったという。

「今までは書籍ですよね。ガイドラインを診療中にめくりながらというのは、欲しい情報にたどり着くまでにかなり時間がかかってしまいます。Google検索も使いますが、結局それが本当に正しいのかどうか分からないというところがありましたね。汎用型AIはハルシネーションの問題もある」

情報にたどり着くまでの時間、そしてその情報が正しいのかを自ら判断しなければならない負担があった。
では「Cubec」の導入で何が変わったのか。

「ガイドラインや文献に沿っての答えが出てくるので、自信を持って診療ができるっていうのが一番ありますね。時短といっても、どのAIもシンキングタイムがあるので、治療時間に直結するような効果は感じていません。時間短縮よりも、一人で行う日常診療の中で、心理的なストレスが若干軽減されるということは感じています」

診療時間が大きく短縮されたわけではない。しかし、判断の裏付けが得られることで、不安や迷いが減る。それが和田医師の実感である。

クリニックという環境と「Cubec」の親和性

「Cubec」が最も機能する環境はどこなのか。和田医師はこう語る。

「やっぱり病院というよりも医師が独りでやってる診療所などが一番役立つかなと思います。すぐにコンサルトできないってところですよね。『これでいいんだろうか』とか『本当にこのまま様子見ていいんだろうか』という悩みを抱えやすい。同じ理由で、夜1人で当直をして救急外来を診るときなどでも役立つのかなと思いますね」

診断を代替するわけではない。しかし、孤立した意思決定環境における確認の支えになり得る。

「Cubec」検索結果例。 高速モードでは、診療の合間でも確認しやすい簡潔な回答を提示する。
「Cubec」検索結果例。 高速モードでは、診療の合間でも確認しやすい簡潔な回答を提示する。

「Cubec」は何を目指すツールなのか ― 開発者が語る設計思想

では、開発側はこのツールをどのように位置づけているのだろうか。
株式会社Cubec代表の奥井伸輔氏は、DOCWEBの取材に対し次のように語る。

「臨床疑問に対して、ガイドラインではどうなっているのかという標準手順を確認する。日々の診療の中で『すぐこの情報が欲しい』という場面がありますよね。そうしたときに、その情報を知るための助手として使っていただきたいと思っています」

医療の現場では、診断や治療方針の判断そのものよりも、「その判断がガイドライン上どう位置づけられるのか」を確認する作業が頻繁に発生する。

「Cubec」は、臨床疑問に対してガイドラインや論文といったエビデンスを確認するためのツールとして設計されており、PubMed論文、医療用医薬品の添付文書、そして専門医が整理した「Cubec医学ノート」といった複数の情報源を統合し、出典付きで回答を提示する仕組みになっている。

株式会社Cubec代表の奥井氏
取材にご対応いただいた株式会社Cubec代表取締役 奥井伸輔氏(1)

各領域の専門医が協力する「Cubec医学ノート」

「Cubec医学ノート」について、奥井氏は次のように説明する。

「『Cubec』のデータベースの一つである医学ノートは、各領域の専門医が国内外のガイドラインを中心にエビデンスをレビューして作成した、いわばCubec独自の医学教科書です」

従来の医学検索では、医師自身がPubMed論文など複数の情報源を横断しながら必要なエビデンスを探し出す必要があった。
「Cubec」では、この課題を補うため、専門医がガイドラインを整理した「医学ノート」を中心に、論文や医薬品添付文書の情報を統合し、出典付きで回答を提示する仕組みを採用している。

「機動力のある助手がどんどん情報を出してくるようなイメージですね。自分が知りたい粒度で情報が出てくる。そういう存在として使っていただきたい」
と奥井氏は語る。

AIが診療そのものを代替するわけではない。
医師が判断を下す前段階で、必要なエビデンスや専門医の知識に素早くアクセスできるよう支援する――。

「Cubec」は、そのような役割を担うツールとして設計されている。


医療向けAIの限界と医師の責任

Cubec代表の奥井氏は、DOCWEBの取材に対し、AIの安全性についてまずこう説明する。

「安全性は特に重要視して対策しています。モデルは内部で反復的に再考を繰り返しながら改善されるよう設計されており、その過程でも多くの医師に協力いただき、医師の観点を取り入れてモデリングしています。また、希少疾患など専門医のカバー範囲を超える可能性がある場合には、その旨がメッセージとして表示される設計になっています」

さらに奥井氏は、AIの位置づけについて次のように説明する。

「AIである以上、原理的にハルシネーションはゼロにはならないと私たちは考えています。最終的な意思決定はあくまで先生方が行うもので、『Cubec』は、その判断のための材料を出す存在です」

実際に臨床で利用する医師からも、その前提は共有されている。
和田医師は使用感について次のように語る。

「回答が冗長と感じる場面もあります。ガイドラインや論文自体が、診療上の判断に必要な情報がすべて揃っているわけではないので、複数の情報が引用されることで長文となり、回答がパッと出てこないと感じることがあります」

回答は網羅的であるがゆえに、必ずしも即断即決に向く形とは限らない。
この課題に対して、Cubecは専門医の要約・レビューである「Cubec医学ノート」の拡充という形で挑戦していく。

医療AIの活用は広がりを見せている。しかし検索という行為においても、最終的な解釈と意思決定の責任は依然として医師にある。


AIはクリニック診療をどう変えるのか

和田医師は、AI全般について、

「(医療関連のAI活用は)不可欠な存在には絶対なってくると思います」と話す。

和田医師はすでにカルテ入力AIも活用しており、日常的に感じていた疲れがかなり軽減されたという。医療の意思決定は、経験だけに依存する構造から、情報アクセスに支えられた構造へと変わりつつある。

現在の「Cubec」は、論文やガイドライン、医薬品添付文書といった「公の知識」を専門医が統合し、検索可能な形で提示する段階にある。

しかし、その構想はそれにとどまらない。Cubec代表の奥井氏は、将来像を三段階で説明する。

第一段階は、論文・ガイドライン・添付文書など、公的エビデンスの統合と検索基盤の構築である。
第二段階は、「Cubec医学ノート」でも取り組んでいる実践知の活用だ。専門医が日常診療の中で培ってきたノウハウやハンドブック的知見をデータ化し、検索可能な形で組み込んでいく。
そして第三段階では、新たな知見の創出まで視野に入れる。複数のエキスパートのデータからアルゴリズムを構築し、治療方針の結論を導く支援へと進む構想だ。

この延長線上には、プログラム医療機器SaMD(Software as a Medical Device)としての開発も位置づけられている。
現在は心不全領域から着手しており、ガイドラインでは決めきれない「どの薬をどの量使うか」という個別判断を支援するアルゴリズムの構築を進めているという。

奥井氏はこう語る。

「最終的には意思決定のインフラを提供したいと考えています」

「Cubec」は単なる新しい検索ツールではない。
医療の意思決定を支える「インフラ」への移行を見据える。

奥井氏2
取材にご対応いただいた株式会社Cubec代表取締役 奥井伸輔氏(2)

編集後記

AIは医師を代替しない。
しかし、医師の「確認」という行為の構造には確実に介入している。

診療所という環境では、多くの場合、医師は孤立した状況で判断を重ねている。その判断を支えてきたのは、これまでの経験と知識であった。

もし知識へのアクセスが構造化され、意思決定を支えるインフラが再設計されるとしたら、医療の意思決定はどこまで変わるのか。
Cubecが掲げる構想は、診療所の未来像と深く結びついている。

Cubecの皆様
株式会社Cubecの皆様

【企業情報】

株式会社Cubec(キューベック)
代表取締役CEO:奥井 伸輔
所在地:大阪府吹田市(国立循環器病研究センター内)
設立:2023年2月
事業内容:臨床ナレッジAIおよび医療AIの開発・提供
公式サイト:https://cubec.jp/cubec-ai 

【取材協力】

わだ内科・胃と腸クリニック https://wada-cl.net/
院長 和田蔵人医師
和田医師は、医療ライターで構成される一般社団法人「正しい医療知識を広める会」に所属。同団体には約300人の医師が在籍し、各専門領域の医師が参加している。