原 聖吾(はら せいご)
株式会社MICIN 代表取締役
2015年に設立された株式会社MICINは、オンライン診療サービス「クロン」を提供するアプリケーション事業と、医療データをAIなどで解析、活用するデータソリューション事業を展開する。医師として医療をもっと患者にとって身近なものにしたいという代表取締役の原 聖吾氏に話を聞いた。
日本の医療制度は優れているが完璧ではない
根底にある課題意識は、私が医学生だった頃の体験から生まれています。臨床実習では、優秀な多くの医師がときに自身の健康を犠牲にしながら懸命に働く姿を目の当たりにしました。一方で、当時はメディアによって医療過誤や医療崩壊の問題が報じられ、市民の医療に対する信頼が揺らいでいました。そこに大きなギャップを感じたのです。医師がこれほどまでに努力をしても、それが患者さんに望ましいものとして届いていないのであれば、それは医療のしくみのどこかに問題があるのではないかと思いました。その後、医療の政策やコンサルティングなどに関わる中で、より良い医療の仕組みを創り出す事業をしたいと考えるようになり、起業することにしたのです。
その時期に何人かの優秀な人材と出会い、このメンバーなら成果が期待できると思ったことも起業のきっかけになりました。現在当社には、医療機器や製薬、保険などを専門としてきた人や、エンジニア、データサイエンティストなど、さまざまな領域のエキスパートが集結しています。異なる専門性を持つ社員が、同じビジョンを共有し、日々チャレンジしています。
人々が幸せに生きるため、医療はどうあるべきか
我々は、「すべての人が、納得して生きて、最期を迎えられる世界を」というビジョンを掲げています。“いずれ病気になって死ぬ”というプロセスは、多くの人にとって当面は変わらぬ事実だと思います。その中で人の幸せを決めるのは、健康であることはもちろんのこと、たとえ重い病気になったとしても、それを受け入れ、最適な医療にアクセスすることができ、納得感を持って暮らせることだと思うのです。
健康なときは、病気の苦しみや病気を予防することの重要性など意識しないものですが、病気になった瞬間、それは大きな課題となってのしかかってきます。ヘビースモーカーだった肺がん末期の患者さんが、こんなに苦しいならタバコは吸わなかったのにと後悔する。そんなことも珍しくありません。でも、誰もがいつでもどこにいても最適な医療と接点を持つことができる仕組みがあれば、そうした取り返しのつかない事態を少しでも避けることができると思うのです。その実現のため我々は、患者と医師をオンラインでつなぐサービスを提供するアプリケーション事業と、医療データをAIなどで解析・活用するデータソリューション事業の2つを軸に事業を展開しています。
オンライン診療の普及には医師と患者の理解が必須
我々は、アプリケーション事業としてオンライン診療サービス「クロン」を提供しています。オンライン診療は、医療を患者さんとその生活に近づけるものです。たとえば生活習慣病の患者さんの中には、忙しいなどの理由で通院をやめてしまうケースがあります。その結果病状が悪化し、入院を余儀なくされるといったことも起こり得ます。しかしオンライン診療を利用すれば、患者さんの負担が減り、診療を継続できる可能性が高くなります。それは医療機関や医療制度にとっても価値のあることです。
ご存知の通り、今年の診療報酬改定でオンライン診療料の算定が認められました。それは歓迎すべきことですが、一方で対象となる疾患の領域が限られているうえ、オンライン診療を開始する前に同一疾患で対面診療を6ヶ月以上継続していることが条件になるなど、導入にはハードルが高いのも事実です。オンライン診療がさらに普及するためには、提供される医療の質や安全性などを加味した、より使いやすい制度設計が必須です。
私は、オンライン診療が今すぐ、爆発的に広がるとは考えていません。制度の課題もさることながら、医師や患者の認知度もまだまだ高いとは言えないからです。とはいうものの5年ほどの間には、医師側と患者側の双方に理解が進み、確実に広がっていくだろうと思います。我々は、オンライン診療が医師と患者のコミュニケーションのオプションとして、身近なものとして生活の中に受け入れられるよう努力していきたいと考えています。
AIが質の高い医療を身近なものにする
優れた医師が持つ、職人芸とも呼ぶべき熟練した医療技術やコミュニケーションスキルなどを人工知能に学習させ、それを再現可能にする技術を開発しています。これが実現すれば、若い医師たちがいつでもどこでも、専門的かつ高度な技術を効率よく習得できるようになります。
また必ずしも医師がしなくてもよい作業を人工知能に任せられれば、医師がより専門的な仕事に専念できるようになります。たとえば検査画像を人工知能に分析させ、出力された提案をもとに医師が診断するようにすれば、診断はより正確になり、読影に要する時間も大幅に短縮できるでしょう。
さらに大学病院などの医療機関が持つ知見や技術を人工知能によって解析して「見える化」し、それを街の診療所でも活用できるようにすれば、オンライン診療のサービスとあわせて、多くの人が身近なところでより質の高い医療を受けられるようになると思います。
未来の医療のカタチ
将来は、病気になったら病院へ行くというだけではなく、医療やその技術が日々の生活の中に組み込まれていくと思います。血圧計や血糖測定器などの医療機器や種々のセンサーが日常生活の中で常に健康状態をモニターし、携帯端末などのデバイスが服薬や食事・運動療法などの管理やアドバイスをしてくれて、必要時はすぐにオンライン診療を受ける。そしてかかりつけ医は、日々モニターされていた豊富な医療データをもとに、的確な診断をすることができる。そんな社会になると考えています。
オンライン診療における音声や動画の記録や、オンラインで使える検査機器等の開発、それらにかかるコストの問題など、課題は山積みです。しかし「人が納得して生き、最期を迎えられる」世界の実現を目指し、業界のトップリーダーとして責任を果たして行けるよう努力を続けたいと思っています。
株式会社 MICIN(マイシン)
医療データをAIなどで解析・活用するデータソリューション事業やオンライン診療サービス「クロン」などを手掛けるアプリケーション事業を展開
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