満たされていない医療ニーズを満たす

久住 英二院長

ナビタスクリニック

プロフィール

医療法人社団鉄医会 理事長 1999年 新潟大学医学部医学科卒業 専門分野:内科・血液内科・旅行医学 資格:日本内科学会認定内科医、日本血液学会認定血液専門医 Certificate in Travel Health®, the International Society of Travel Medicine 2008年 ナビタスクリニック立川開業 2012年 ナビタスクリニック川崎開業 2012年 ナビタスクリニック東中野開業 2016年 ナビタスクリニック新宿開業 https://www.navitasclinic.jp/


2008年に開業したナビタスクリニックは、時間予約可・夜九時まで診療時間を設定するなど、従来のクリニックでは行われなかった様々な改革を打ち出している。それが社会のニーズを満たし、3クリニック合計で一日1000人が来院するほどの人気クリニックとなっている。なぜこのように成功する革新的な制度を打ち出せるのか。ナビタスクリニック院長の久住英二院長に聞いた。

満たされていない医療ニーズを満たす

ナビタスクリニックは、「満たされてない医療ニーズを満たす」という理念のもとに、2008年に立ち上げました。具体的には、普段働いている人が会社を休まず医療を受けられるようなクリニックを作ることにその理念の達成があると考え、駅の中にクリニックを設立することで物理的アクセスの利便性を向上させ、夜九時までの診療時間を設定し、さらに時間予約のとれるクリニックとすることで、時間的アクセスの利便性の向上を図りました。

このほか、一つの病院に複数の科を入れ、例えば親子で来て、子どもが小児科にかかる間に親は内科で別の診療を受けられる、といったような診療を可能とすることで、現代の医療のミスマッチを解消することを目指しました。おかげさまで各世代からご好評をいただき、10年続くクリニックとなり、立川、川崎、新宿の3クリニック合計で一日1,000人以上の患者さんが来るまでに至っています。

現状、時間予約できずに順番予約しかできないクリニックがまだまだ多い状況です。しかし、時間予約システムは患者さんにとって予定がたてやすく、ニーズは高いものだと感じています。もちろん、我々医療提供側は、その予約システムの順守の努力をし、予約の有効性アピールに努めています。つまり、予約をすると早く終わるというイメージをつけ、予約をすることに対してメリットを感じさせることで、患者さんを予約することへと促している、ということです。

医療者外からのアイデアを活用

単純な話ですが、医療者外からのアイデアを活かそうとした、というところに、ナビタスクリニックの原点があります。医療提供側に立ってしまうとどうしても視野が狭くなりがちですが、積極的に他の業種の方々からの意見を取り入れ、ニーズを満たすような努力をしました。もともと私は、一般的に常識と言われるものや固定観念といったものを疑うような性格で、医療業界で常識とされているようなことにも挑んでいこうとしていく姿勢があったことも根底にあるかと思います。

私はもともと新潟の田舎の出身で、親族に医師はおろか大学進学者もほとんどいないような家族のもとに生まれました。たまたま親族の中から一人医学部進学者がいたため、自分にも医学部に進んで医師になるという選択があるのだと意識し、この道を選びました。このように、医師ではない家系の出身であったことがかえって私にとっては、自由な発想を可能にしてなおかつ医療とは別の畑の人からの意見を取り入れようという姿勢につながったと考えています。

現在3つの医院を運営していますが、私自身としてはあまり大したことはしていないと考えています。Slackなど、他の会社や組織が普通にやっていることを積極的に導入しているだけであり、それでうまく回っていると考えています。メールなどは、確認するのに手間がかかるため見過ごしたりすることもあるためにあまり利用していません。とはいえ、現在ナビタスクリニックには100人くらいが属していますが、このくらいの人数であれば今のような情報共有体制で良いでしょうが、さらに大きくなると別の体制が必要となるだろう、と見通しています。

業務効率改善、生産性向上への取り組み

業務効率化を考えるにあたって、医療ITシステム導入は値段が高く、それでいてあまり機能的ではない、と感じていました。そんな折、WEB問診というものの存在を知り、それを導入してみたら非常に機能的だと感じました。また、電子カルテは医療者側が管理することになっており、一人一人の患者さんについて詳述するため、電子カルテのデータ量は膨大なものとなります。

これをより簡単に管理するため、患者さん自身が管理をして医療機関が書きこむ、というシステムが考えられます。現にクラウド化した電子カルテというものもすでに出てきています。電子カルテは個人所有となり、それをクラウド上で管理して医療機関が書きこむ、ということが常識になるよう働きかけていきたいと考えています。また、WEB問診や、WEBを通しての治癒状況のフォローアップ、つまり「よくなってなかったらこうしてください」という指示を患者さんに与えることも、効率化の一助となるでしょう。

また、事務的な効率化も必要だと考えています。もっとも手間がかかるのは診療報酬請求事務なのですが、この部分を効率化していくことが必要でしょう。これと関連することとして、保険診療外の自費診療を増やしていくことも必要なのではないかと考えています。自費診療ならば請求事務が必要ありません。総じて、日本は予防医療をカバーできていないのが現状であり、これが最大の問題だと考えています。例えば、糖尿病の70%は遺伝的要因以外の要因が原因だと言われており、予防の方を保険がカバーし、発症したら自費で診療を受ける、というシステムも考えられると思います。

皆保険制度は一度破綻し、見直すべきだとも考えています。このくらいのインパクトが起きなければ、日本の医療制度は変わらないでしょう。現状、日本の3割ほどの人が保険料未払いであり、すでに綻びが出始めています。少しずつ直していくというのは不可能で、一度破綻してゼロからの見直しを図るべきです。

またクリニックを含め日本の医療業界全体において、生産性向上を妨げる多くの要因があります。最近ではアップルウォッチに心電計が組み込まれたのですが、それを承認するか否かでもまだ障壁があるようです。そもそも、医療機器や医薬品の審査は必要ないのではないか、と私は考えています。医療機器や医薬品については現在、FDA、PMDA、EMAなどの複数の機関が各々審査・承認を行っていますが、国際的な統一機関を作ってそこだけの審査をすれば事が足りるでしょう。

現状、日本の医師会は、どうしても開業医の利権を守るための組織となりがちで、既得権益保護に向けて動いてしまいます。医師会が恐れているのは、先のアップルウォッチの心電計のように、一般の人が診療をできるようになってしまうことです。医療の生産性の向上を阻むのに、それでいながら医師不足に悩むという奇妙な構図ができあがっています。もちろん医療の生産性向上に向けて努力している医師がいることも承知していますが、組織全体としての医師会が主導しての改革、というものは難しいのではないかと感じています。

未来のクリニック像

結論から言えば、このまま変わらないでいるべきでしょう。クリニックは近代的になりすぎてもいけないものです。例えば今50歳の人が、20年後、70歳になったとき、SFのような部屋で落ち着くか?と言われると、なかなか難しいことでしょう。新しい環境に順応できなくなる年齢は寿命より早く訪れるものです。

とはいえ、技術の発展により、とくに慢性疾患に対しては、医者だけにしかできないことはどんどん減っていくと予想しています。しかし、不安なときに安心したい、メンタルのよりどころは患者さんには絶対に必要なはずで、その必要性の充足のために、伝統的なイメージに合うクリニックが絶対に必要だと考えています。ただし先述したように、新たな技術は導入していき、見えないところでのハイテク化は進めていくべきでしょう。ハイテク化が進めば進むほど人と人とのつながり・ふれあいが重要になると考えます。