
2026年4月から、外来医師が集中する地域での新規開業に対して、事実上の規制が始まりました。
これまでは原則として「自由開業」でしたが、今回の改正によって、開業場所や医療機能に対して行政の関与が強まる時代に入ります。
厚生労働省が今回の規制の背景として挙げる課題は大きく分けて3つあります。
以下の通りです。
- 医師偏在は一つの取り組みで是正が図られるものではなく、総合的な対策パッケージが必要
- これまでの対策が若手医師を対象とした医師養成課程中心に偏っており、中堅・シニア世代へのアプローチが不足
- へき地保健医療対策を超えた取り組みが必要であり、「保険はあっても医療サービスが受けられない」地域が生まれつつある
へき地・地方医療はこれまで、大学医局から地域の病院やクリニックへの医師派遣によって支えられてきました。
しかし近年、この仕組みは急速に縮小しています。
背景には、医師の働き方改革や、大学病院自体の人手不足があり、従来のように安定的な派遣を維持することが難しくなっていることがあげられます。
今回の規制は、突発的な政策転換ではなく、長年積み上がってきた構造的な問題がいよいよ限界を迎えた結果として捉えることができます。
規制の対象となるのは、外来医師過多区域に新規開業する無床診療所です。
外来医師過多区域とは
外来医師過多区域とは、外来医師が過密に集中しているエリアを指し、
厚労省が定める「外来医師偏在指標」に基づいて二次医療圏単位で判定されます。
「外来医師偏在指標」は単純な医師数ではなく、人口構成や受療率、医師の年齢・労働時間などを加味した、将来的な医療の必要度を考慮した複合指標です。
外来医師過多区域の指定基準は以下の2条件を同時に満たす二次医療圏です。
- 外来医師偏在指標が「全国平均値+標準偏差の1.5倍」以上
- 可住地面積あたり診療所数が全国上位10%
「可住地面積あたりの診療所数」が用いられ、人口が多くても診療所の密度が低ければ対象になりません。一定面積に診療所が密集しているエリアが対象となります。
規制対象地域の候補エリア
厚労省が提示する候補区域は現時点で9か所で、東京都内の複数の二次医療圏のほか、京都・大阪・福岡・神戸が含まれます。東京23区の中でも江東・墨田・江戸川・葛飾・足立・荒川の6区は現時点で候補に含まれていません。
なお、具体的な区域の確定は各都道府県が行うため、2026年10月以降に正式指定される見込みです。
- 東京都
- 区中央部:千代田区、中央区、港区、文京区、台東区
- 区西部:新宿区、中野区、杉並区
- 区西南部:目黒区、世田谷区、渋谷区
- 区南部:品川区、大田区
- 区西北部:豊島区、北区、板橋区、練馬区
- 大阪府
- 大阪市医療圏:大阪市
- 京都府
- 京都・乙訓医療圏:京都市、向日市、長岡京市、大山崎町
- 兵庫県
- 神戸医療圏:神戸市
- 福岡県
- 福岡・糸島医療圏:福岡市、糸島市
外来医師過多区域で開業する場合、以下のプロセスが必要になります。
- 開業の6ヶ月前に届出
- 提供予定の医療機能を提出
- 地域の協議の場に参加
- 不足している医療機能の提供などを要請される
従わない場合の措置
要請に従わない場合、以下の対応が取られます。
- 医療審議会での説明要求
- 勧告・公表
- 保険医療機関の指定期間短縮(6年→3年など)
本制度は法的には「届出制」であり、開業自体が禁止されるわけではありません。しかし、保険医療機関の指定期間短縮という措置は、更新リスクを高める点で実質的に開業の自由を制約します。
制度の実態としては、病院の病床規制の外来版と捉えるのが適切でしょう。
また、物件選定や事業計画策定後の届出で変更を求められる場合、計画の見直しが必要となり、開業準備の負担は大きくなります。
かつての開業は「どの地域に、どんな診療で」という医師個人の裁量で決まる部分が大きいものでした。しかし今後は、規制対象区域かどうか、要請内容にどう対応するか、承継かゼロ開業か、という複数の変数を組み合わせた戦略的判断が求められます。
① 立地選択の自由度低下
希望エリアが外来医師過多区域に該当する場合、要請への対応を前提とした開業計画が必要になります。「競争に勝てる立地か」の判断軸から、「どこに開業できるか」「指定区域での養成に対応して収益を見込めるか」の見極めが重要な判断軸になります。
② 事業計画の不確実性
開業6ヶ月前の届出制度により、物件契約や事業計画を策定した後に変更を求められるリスクが生じます。
結果として、スケジュールの遅延や追加コストの発生など、開業プロセス全体の不確実性が高まります。
③ 診療科・提供医療選択への影響
地域で不足している医療機能の提供が求められるようになります。
とくに、在宅医療や夜間診療の対応が求められる可能性が大きいほか、
今後は診療科目の偏りへの対応として、診療科選択・診療報酬改定による加点などにも影響が及ぶ可能性があります。
また、美容医療や自由診療中心のクリニックでの報告制度についても議論が進んでおり、動向に注意が必要です。
これまでの開業は、立地とマーケティングを中心とした「自由な選択」でした。しかし今後は、規制対象区域かどうか、要請内容にどう対応するか、承継かゼロ開業か、地方インセンティブをキャリアとどう組み合わせるか——こうした複数の制約条件の中で最適解を探す「戦略経営」へと変化していくと考えられます。
「重点医師偏在対策支援区域」設定による地方開業とインセンティブ
医師が少ない地域への誘導策として、「重点医師偏在対策支援区域」が設定されます。厚労省が提示する候補区域は109か所にのぼり、北海道・東北・関東一部・北陸・四国・九州など広範囲に及びます。
この区域で開業・承継する診療所には、以下の支援が検討されています。
- 施設整備・設備整備・地域定着への支援(令和6年度補正予算で先行実施)
- 派遣医師・従事医師への手当増額(保険者からの拠出による)
- 医師の勤務・生活環境改善への支援
経済的なインセンティブが用意されても、「どこで働き、生活するか」という医師個人の価値観や家族の事情は、金銭だけでは動かしにくいものです。
大学病院による医師派遣が縮小している現状を踏まえると、インセンティブ単体での効果には限界があります。
地方開業を現実的な選択肢とするためには、経済支援だけでなくキャリア設計と一体での制度設計が必要です。その点で、今回の改正に含まれる管理者要件の見直しは、地方勤務の位置づけを変える動きとして注目されます。
管理者要件の見直し
医師少数区域での勤務経験が、管理者要件として求められる対象医療機関が拡大されます。
また、必要な勤務期間も延長されており、将来的なキャリア構築や管理者を目指す医師にとって、地方勤務は実質的な必須要件に近づいています。
行政スケジュール
- 2025年12月:改正医療法成立
- 2026年4月:制度施行
- 2026年10月以降:外来医師過多区域の指定開始
- 施行後3年:制度の効果検証・見直し
3年後の見直しに要注意
改正法では、外来医師過多区域で診療所の増加が続く場合、必要な追加措置を検討するとされています。
現行制度は届出制を前提とした仕組みですが、今後の運用次第では規制が強化される可能性があります。
開業を検討する医師が押さえるべきポイント
- 希望エリアが対象候補かを確認
- 届出を前提にスケジュールを前倒し
- 候補外エリアや承継(M&A)も検討
- 地方開業は支援制度とセットで判断
- 将来のキャリア要件も踏まえて設計
2026年4月から始まる開業規制は、医師偏在対策として初めて本格的に制度化された仕組みです。
開業自体は禁止されていませんが、届出・要請・指定期間の調整といった枠組みにより、実質的な制約は強まっています。
今後の見直しを含め、制度は段階的に変化していく可能性があります。
開業は「どこで開業したいか」ではなく、制度・地域・キャリアを踏まえた戦略的な判断が求められる時代に入っています。
参考資料
- 厚生労働省「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」(令和6年12月25日)
- 第123回社会保障審議会医療部会 資料1-2「医師偏在対策について」(令和8年1月19日)
- 第8回・第9回地域医療構想及び医療計画等に関する検討会 資料(令和7年12月12日・令和8年1月16日)
- Podcast「院長が悩んだら聴くラジオ」エピソード105「クリニックの開業規制:医師偏在対策から読み解く」
本記事はDOCWEB編集部が上記一次情報をもとに構成・編集したものです。
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DOCWEB編集部(一般社団法人 DOC TOKYO)
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