

医療法人社団俊爽会 小林俊一理事長
札幌医科大学医学部卒業。日本鋼管病院、慶応義塾大学病院で初期研修後、東大宮総合病院にて消化器内科医として勤務。その後、西村記念病院勤務、行徳アフター5クリニック院長を経て、2012年に仁愛堂クリニックを江戸川区平井に開業。
2014年に医療法人社団俊爽会を設立。以降、菊川内科皮膚科クリニック(2015年)、平井皮膚科クリニック(2016年)、葛西内科皮膚科クリニック(2018年)、五反野皮ふ・こどもクリニック(2020年)を開院。
2024年より、理念を共有するクリニックとのパートナーシップ事業を開始し、健康教育型プライマリケアの全国展開に取り組んでいる。
保険診療のクリニック経営は年々厳しさを増しており、単院経営の限界を感じる医師も少なくない。
そのため近年は、分院展開やグループ化、あるいはフランチャイズ的な連携を志向する動きも見られる。スケールメリットを活かし、リスクを分散しながら生き残る──それは、経営の視点で合理的な判断だ。
今回取材した小林医師(医療法人社団俊爽会 理事長)も、複数のクリニックを展開し、パートナーシップ型の仕組みを構築している。
だが、彼が見据えるものは「経営のための拡大」ではない。出発点にあったのは、もっとシンプルで、しかし根源的な医療の課題だった。
──なぜ、患者は適切なタイミングで医療にアクセスできないのか。
「病院勤務時代に、『もうちょっと早く来てくれていたら助かったのに』という患者さんを数多く見てきました」
そう語る小林医師には、一人の医師としての悔しさがにじむ。
本記事では、この問いから始まった「健康教育型プライマリケア」という医療モデルが作り上げる、新時代のクリニック運営の在り方を追う。
「医院経営は拡大しないと生き残れない」は本当か
物価や人件費の上昇、競合クリニックの開業による患者数の伸び悩み。それらの補填には届かぬ今回の診療報酬改定。
クリニック経営を取り巻く環境は、「これまで通りでは成り立たない」と感じる場面が確実に増えている。
こうした背景から、経営の選択肢は徐々に変化してきた。
分院展開による規模拡大。
自費診療の導入による収益構造の転換。
あるいは、専門領域をさらに絞り込むことでの差別化。
そして、複数のクリニックが連携する形でのグループ化だ。
仕入れや設備投資の効率化、ノウハウの共有、人的リソースの補完。単院では難しい部分を補い合うことで、経営の安定性を高める「拡大」や「連携」は、もはや特別な選択ではなくなりつつある。
むしろ、環境変化に対応するための現実的な手段として、多くの医師が検討するテーマになっていると言えるだろう。
今回の取り組みも同様に、こうした流れの中にあるものではないか――。
だが、筆者の問いに返ってきたのはまったく別の答えだった。
それは、小林医師が見据えるクリニックの新たな「社会的役割」であり、患者の行動変容を支援したいという強い決意だった。
「健康教育型プライマリケア」という全人的医療モデル
「平均寿命と健康寿命の間にある『10年』という差を短くしたい。患者さんが最後まで自分らしく、元気に過ごせるようにサポートすることが、私たちの役割です」
そう語る小林医師が構想する「健康教育型プライマリケア」とは、どのようなものなのか。
小林医師が提唱するこのモデルは、クリニックを単なる「病気を治す場所」ではなく、「患者が自らの健康や病気について学び、行動を変えていく場所」と捉え直すものだ。
小林医師はこう説明する。
「健康寿命を延ばすには予防が重要だということは、医師も患者も理解しています。しかし実際には、その情報が断片的で、患者自身が『何を選べばいいのか』判断できないままになっているケースが多いのが現状です。
では、どうすれば予防医療を実現できるのか。
一度きりの説明では行動は変わりません。必要なのは、日常の診療の中で継続的に関わり、患者の理解を段階的に深めていく仕組みです。
そして、それを実現できるのは、地域で患者と向き合い続けるかかりつけ医にほかならないと考えました」
「健康教育型プライマリケア」では、患者にとって必要な健康情報を、医師をはじめ受付・看護師を含むスタッフ全体が、日常的な接点を通じて届ける。
なぜその検査や受診が必要なのか。また、それによってどのような選択が可能になるのか。こうした情報を継続的に伝え続けることで、患者の理解を深め、行動へとつなげていく。
この取り組みは、医師一人に負担を集中させるものではない。
クリニック全体で患者に関わることで、意識の共有やスタッフのやりがいにもつながっていく。
この医療を広めていくには、同じ考え方を共有し、連携できるクリニックの存在が不可欠となる。
そのために、パートナーシップに参加する各クリニックが総合診療的な視点で患者と関わりながら、必要な検査は専門医へとつないでいく取り組みだ。
一般的な医療連携は、症状が現れた患者を専門医へ紹介する形が中心となるが、このモデルでは、症状が出てから医療につなぐのではなく、症状が出る前の段階から情報を届けることで、患者自身が適切なタイミングで医療にアクセスできる状態をつくることを目的としている。
「自身に必要な医療や検査の選択肢を知らない患者さんも多い。医療機関の場所を知らないだけで、案内するだけで行動につながるケースも少なくありません。
ネット社会でも、本当に必要な情報に辿り着けるとは限りません。だからこそ、こちらから積極的に提供していく仕組みをつくっていきたいんです」
実際、小林医師のクリニックでは、自身の専門外である婦人科系の検診案内も積極的に行っている。
これは、患者が必要な医療に辿り着けない原因が「専門性の分断」にあると考えているためだ。
自分の専門分野だけに焦点を当てるのではなく、患者の人生全体を捉える「全人的医療」の視点が、この連携の土台となる。
だが、どれだけ丁寧に説明しても、患者自身が重要性を感じなかったり、時間が合わなかったりと、一度の呼びかけで行動が変わることはむしろ少ない。
それでも小林医師が大切にしているのは、「患者さん自身の判断を尊重しながらも、継続して伝え続けることで、将来どこかのタイミングで早期に医療につながる可能性を高める」という姿勢だ。
信頼関係を積み重ねながら有益な情報を手渡し続けることが、患者の未来の意思決定を動かす力になる。
小林医師がパートナーシップを広げようとしているのは、単なる経営効率化のためではない。
この理念を共有する「健康教育型プライマリケア」を実践するクリニックを増やし、医療の役割そのものを「事後対応」から「事前の行動変容」へと転換していくための取り組みである。
個々のクリニックの努力だけでは限界があるこの課題を、仕組みとして広げていこうとしている点に、この挑戦の本質がある。
「もう少し早く来てくれていれば」医師が繰り返し直面する現実

この挑戦の原体験となったのは、医師であれば日々の診療の中で繰り返し直面する現実だった。
症状が出てから受診し重症化して見つかるケースや、通院中であっても別の疾患が進行した状態で発見されるケースは少なくない。
「症状が出て受診した時には、すでに病状が進行していることもあります。
ただそれだけでなく、定期的にフォローしている患者さんでも、別の疾患で他院を受診された際に、進行した状態で見つかることもありました。
こちらが継続的に関わり、必要な説明や提案をしていても、それだけでは防げない現実がある。医療が届いていない領域があると感じるようになったんです」
必要な診察や説明は行っている。にもかかわらず、結果として“間に合わない”現実がある。
こうした経験から、このままの医療の枠組みでは限界があると感じ、診療のあり方を自ら設計するために開業という選択をした。
消化器がんの早期発見・早期治療を実現するため、自ら診療のあり方を設計できる環境を整えていった。
しかし診療を続ける中で、より本質的な課題に直面することになる。
それは、医療側がどれだけ関わっても、患者自身が行動しなければ結果は変わらないという現実だった。
医療側が正しい情報を伝えるだけでは不十分であり、患者が理解し、納得し、自ら選択できる状態をどうつくるか。その設計こそが必要だと考えるようになった。
この問いへの答えとして行き着いたのが、「健康教育型プライマリケア」という構想である。
理念が「選ばれる理由」に変わる構造

「健康教育」という理想は、一見すると経営効率とは相反するようにも思える。
しかし実際には、患者の行動変容を前提としたこのモデルそのものが、結果としてクリニックの経営基盤を強固にする構造になっている。
なぜ、この「健康教育型プライマリケア」が、厳しい医療環境の中でも選ばれ続けるのか。その理由は大きく3つある。
一つは、ブランディングだ。
現在、多くのクリニックが専門特化による差別化を図っているが、その多くは医師個人の専門性に依存しており、再現性に乏しい。
これに対し、健康教育型プライマリケアでは、「患者との関わり方」そのものを設計することで、クリニック全体として一貫した価値を提供できる点に特徴がある。
「あのロゴがあるクリニックに行けば、自分だけでなく家族の健康も丸ごと相談できる」
「健康や病気の知識をきちんと理解できる」
そうした認知が形成されることで、患者の選択基準そのものが変わっていくと考えている。
実際、小林医師の元には、理念に共感した患者から「本当にここに来てよかった」という深い信頼が寄せられているという。こうした関係性は、単なる利便性では代替できない、長期的な経営基盤となる。この価値は、個々の医師の努力だけで維持することは難しく、仕組みとして設計されて初めて再現性を持つ。
二つめは、再来患者の増加だ。
経営的な視点で見ると、このモデルは「リピート患者の増加」に直結している。
「高血圧の診察を形式的に終えるような効率重視の診療では、全人的医療のための患者との信頼関係を築くのは難しい」
と小林医師は語る。
かかりつけ医として接する中で、継続的に情報を届けていく。この積み重ねが患者の理解を深め、行動変容を促し、結果としてリピート率の向上につながっていくという。
また、患者が検査や予防の必要性を理解することで、患者自らが適切なタイミングで受療行動を起こすようになる。そのため、重症化を防ぎやすくなり、患者にとって、より安心して医療を受けられる。
クリニックが積極的に患者への情報提供を継続するといった関わりの積み重ねは、患者との信頼関係を深め、継続的な受診につながるのだ。
結果として、患者数、特にリピーターの増加という形で、クリニックの安定的な運営にもつながっている。
さらに、この取り組みを支えているのが、理念を共有するクリニック同士のパートナーシップである。
一般的なフランチャイズのように資本関係で統制するのではなく、それぞれのクリニックが独立性を保ったまま、健康教育の考え方や運営ノウハウを共有する。上下関係ではなく、同じ方向を向くパートナーとして連携する点に特徴がある。
こうした関係性の中で、専門的な検査を求める患者の紹介や、物品の共同発注によるコスト削減(スケールメリット)、経営ノウハウの共有といった、単院経営では不可能な経営維持に直結するメリットも享受できる。
小林医師は「100人の仲間を作る」という目標を語る。それは単なる規模の拡大ではなく、この医療モデルを社会に成立させるための現実的な単位だと考えている。
健康教育型プライマリケアをクリニック同士で連携して追求することが、結果として競合に負けない強い経営体を生む。
そして、このモデルは、個々の努力で実現できるものではなく、同じ思想を持つ医療機関が連携して初めて成立する。
今後の展望:医療の役割を変える挑戦
小林医師が提唱する「健康教育型プライマリケア」は、直営(法人内)での確かな手応えを経て、今、全国へと広げていく大きな転換点を迎えている。
「予防が大事だと分かっていても行動に移せない」という現実に対して、医療側から関わり続ける役割は、これからの医療において避けては通れないテーマであり、その中核を担うのは、情報の氾濫するインターネットではなく、かかりつけ医である。
そして、患者の行動を変える医療は、一つのクリニックだけで完結するものではない。同じ理念を持つ医師やクリニックが各地域で実践していくことで、初めて社会に広がっていく。
そのために小林医師が進めているのが、理念を共有するクリニック同士のパートナーシップの拡大だ。診療科を限定せず、遠方ではオンラインでの支援も活用しながら、現実的な形で広げている。
このパートナーシップは、単なるビジネスの拡大ではない。
「事後処理」から「事前教育」へと医療の役割そのものを変えていくための取り組みである。
「一緒に健康や病気について、学べるクリニックを作っていきましょう」
この呼びかけは、単なる共感を求めるものではない。
医療のあり方そのものを変えていく取り組みに、主体的に関わる意思を持つ人への問いかけである。
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(取材=DOC WEB編集長 高山)
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DOCWEB編集部(一般社団法人 DOC TOKYO)
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