高尾 洋之(たかお ひろゆき)
東京慈恵医科大学 先端医療情報技術研究講座 准教授
東京慈恵会医科大学脳神経外科助教とカリフォルニア大学ロサンゼルス 校(UCLA)神経放射線科 リサーチアシスタントを兼任し臨床および研究 に従事する。臨床では、脳血管内治療を中心に脳神経外科医として活動。 2014年に厚生労働省 医政局 経済課 課長補佐 医療機器政策室長補佐 流 通指導官として従事。2015年4月より東京慈恵会医科大学脳神経外科及び 先端医療情報技術研究講座を兼務、准教授。著書に未来の医療を考察した 「鉄腕アトムのような医師 AIとスマホが変える日本の医療」がある。
扉は開いた あとは水をどれだけ流すか
4 月から、遠隔診療改め「オンライン診察」に診療報酬が設定され運用が始まった。期待の大きかった保険収載であったが、その点数や要件に現場からは様々な声が聞かれる。今回は医療とICT の分野で様々な企業と先端的研究をなさっている高尾 洋之氏(東京慈恵医科大学 先端医療情報技術研究講座 准教授)に、今春の保険収載に関する評価と、ご自身の考えるこれからのオンライン診察の在り方について伺った。
厚労省としては相当に頑張った結果だが
電話再診料は72点、オンライン診療料は70点ということで(電話再診料の初期に比べ)わずかに低い点数付けがされました。厚労省としては力を入れたということだと思いますが、しかし、関係者の期待値が高かったこともあり、やはり既存の再診料に加えて「ICT加算」といった設定でないと、低いという評価になってしまうでしょう。
よく言われる遠隔医療の類型でDtoD(Doctor to Doctor:医師に対する専門医のコンサルトなど)および、DtoP(Doctor to Patient:いわゆる通常の診察)があります。今回はDtoPの方がかなり注目され、DtoDの方がおざりにされている印象を持っています。私はそちらの方が重要視されるべきだと考えています。
例えば、私の専門である脳血管疾患の場合で言いますと、当たり前ですが、措置は早い方が予後はいいわけです。その早期の措置にICTが貢献するならば、それに対して加算をつけるというのが正しい、リーズナブルな方法論だと思っています。それに、こういうケースは、ICTを活用した方が措置が遅くなるなど考えられません。つまり、理論付けが容易だと思うのですが、そういったあるべき議論がなされずに「診察」という大きな概念だけで保険収載されてしまった気がしています。
オンライン診療が広がるか?という観点でも、今回の点数は懸念があります。というのは、厚労省としては医療費を下げるために、オンライン診療を多くして、さらに安くしたいという動機があるからです。今回の70点が将来下げられていったとしたら、期待して先行投資した医療者たちはやっていけるでしょうか。また、初診ができないという点もネックですね。
さらに、診療計画を立てる必要があります。この点数ならば、対面診察のほうがいいと判断する医師もいるでしょうね。特に今回の改定では、特定疾患療養管理料が225点に対しオンライン医学管理料が100点という格差が生まれてしまいました。やはり、患者さんだけでなく、医療者にとってもリーズナブル、納得のいくものでなければなりません。患者さんの利便性だけで進めても、診療側はついていけないと思います。
私はオンライン診察、遠隔医療を推進したい立場ですが、今回の保険収載を受けてということで言えば「先生たちの使い方次第」かなという印象を持ちました。過去に遠隔読影に点数をつけた際、一気にそちらに医師が殺到して現場から放射線科医がいなくなってしまったということがありました。その後、点数を下げられ、病院に所属することが義務化されるなど制限が加えられてしまいました。
「遠隔医療」全体を広めていくために必要なこと
医療費が上がっているのに、オンライン診療の点数を上げていくのか?という素朴な疑問があります。つまり、点数の積み上げではなく要件の緩和しかないと考えています。その上で、広げるために何が必要かという観点で言えば、システム全体の議論をして整備を進める必要があるということです。
例でいえば薬の処方。現状、診察はオンラインでできるが薬は薬局に行かなければなりません。これは明らかにリーズナブルではないと思います。そういうところをひとつひとつ変えていく、そのための議論を進めていくしかないだろうと思います。今回はとにかく認可することにリソースが注がれ、あり方、あるべき姿というところに議論が向かなかったという印象です。
これも私見ですが、オンラインの医師による相談とオンライン診察の境界線はどこにあるのかなど、定義があいまいなところが随分あります。報酬改定のタイミングで、徐々にということになるのかもしれませんが、医師法を改正するのか、先日策 定されたガイドラインをより一気通貫したかたちにしていくのか、議論すべきポイントはまだまだあるのでは。
今回は(オンライン診察の範囲、類型を)細分化して厳しくした感がありますが、今後は細分化して、緩和していくことが必要だと思います。例えばてんかん、発達障害の患者さんは、来院自体にハードルがある。そういった個々のケースを見つめていく、患者に即して議論を積み上げる必要があるのではないでしょうか。
私自身はDtoDを推進すべきと考えています。過疎地、中山間地域、離島、へき地には医師が少ないだけでなく、専門医も少ない。しかも地域で頑張っている医師は臨床に取り組まなければならないので、最新症例や治療法に触れる機会も多くありません。そういった医師を、専門医が遠隔医療で支援する。いろんな専門医に(遠隔で)聞きながら治療に取り組めるのであれば、それは新しい総合診療医のかたちになるのではないかと思います。
それに、この症例はこの専門医に聞いたほうがいい、と適したコンサルトを求めることができるのも総合診療医に必要な能力です。救急医もそうですが、その目利きの能力は非常に特殊であり重要です。彼らを支援するDtoDを進めれば、DtoPのオンライン診察も自然と普及していくのではないでしょうか。
もしそれを診療報酬体系の中に位置付けるとすれば、「ICT紹介加算」というものが必要なんだと思います。個人的には、紹介状を書くのと同じ程度評価されてもいいのではと思っています。ただ、検査をあまりせず、紹介のみの場合はそれなりに評価を低くせざるをえないし、逆に必要な情報を取り揃え、適切な紹介を行い良い治療効果を生み出せば高く評価するといった、適時的確に設定していくことが重要になってくるでしょう。
そういった評価を組み入れれば、医師の働き方改革にもなります。東京慈恵会医科大学では院内業務にスマートフォンを導入していますが、院内で情報を共有するだけで、医師が病院内に詰める必要がなくなり、帰宅できるようになりました。導入前は部下の医師のサポートの必要性を考え、帰らなかったりしていたわけで、相当に大きな変革でした。
また、子育てしながら、本格的な復帰前の女性の医師が就業できるなど柔軟性を持った働き方ができます。さらに、DtoPを核とする遠隔診療の普及ができれば、働きぶりに合わせて待遇を適切に「傾斜」させることができるようになります。「頑張れば評価される」体系にすることは、医師にとっても患者にとってもいいはずです。
「扉」は開いた。あとはいかに広げていくか
遠隔医療の担い手についても見方を変えてもいいと考えていいでしょう。例えば、看護師を活用するのも打ち手ではないかと思います。いわゆる医療相談は看護師にしてもらう。NtoPです。DtoPは再診の患者さんでお薬の処方のみの場合に運用する。そしてDtoDを発展させて、医師同士のネットワークを強固にする。これらの改革を同時に行うことが大事で、(遠隔医療の一部である)DtoPだけ進めて「役に立たなかった」といって否定されてしまうとしたら、全部が否定されてしまいます。パッケージで考えたいところですね。
私自身は、すべて保険収載でなくてもいいと考えています。差額ベッド代のように考えられないのだろうかということです。賛否両論あると思いますが、検討してもいいのではないでしょうか。または、どこかでモデル事業をするのもいいですね。次の報酬改定の間の2年間で、そういったことも行いながら、報酬体系のあり方について検討を進めていくべきではないかと私は感じます。さきほど言及した、例えば脳卒中治療に関する「ICT加算」といったようなものは、実際に厚労省の幹部に話しています。賛成する人もいれば「保険収載にはなじまない」という人もいます。考え方だと思いますが、少なくとも患者さんには、自分が助かるために診療メニューを選ぶ権利があると思うんですよ。
以前、私もDtoPの遠隔診療をテレビ電話でやっていました。その頃はまだ回線や画像の解像度が低スペックで、コマ落ちがあるなど、今考えればなかなか厳しいものでした、今の状況も同じでは。今はできないことがあっても、テクノロジーは進化するわけで、5年後にはまったく問題なくなっているんじゃないでしょうか。 その意味では現時点でのオンライン診療は、まだ未来へ伸びしろがあるもの。ただ、まだ遠隔医療に安心して使えるデバイスがあまりないので、ベンダーには開発をしてほしい。
繰り返しになりますが、DtoDの遠隔医療を進めることが、DtoPも含めた全体を進展させるというのが私自身の考えです。それは総合診療医を後押し、あるいは能力を拡張させることにもつながります。将来的には患者とのコミュニケーションと専門医への適した紹介に長けた「オンライン診療専門医」というのも誕生するかもしれません。
今回の改定で、扉は開いたと思うんです。あとはそこにどれだけ水が流れるかです。多ければ開いていくだろうし、少なければ閉じられてしまう。広げながら、水がおかしな方向に溢れないように、適材適所にやっていけるかです。
しかし、私はこのままだと水は流れないのではないか、あるいは扉の横に川が流れているのではないか、という懸念を持っています。その意味で、2年後の次回改定に向けては、対患者さんのDtoPだけではなく、遠隔医療全体について並行して議論と整理を進めながら、在り方について共有していかなければならないと考えていますし、私自身もそのためにできることをしていきたいと考えています。