パーキンソン病進行抑制療法の候補分子絞り込みに成功

東北大学大学院医学系研究科神経内科学分野の長谷川隆文(はせがわたかふみ)准教授と ウシオ電機株式会社(東京都)の連結子会社である株式会社プロトセラ(大阪府、以下プロトセラ)は、共同でパーキンソン病進行抑制療法の候補分子探索を実施し、その成果を2019年4月9日付で特許出願した。
哺乳動物の脳組織に存在する新規の線維化α-Syn※1受容体候補タンパク質が同定されたことにより、線維化α-Syn細胞間伝播メカニズムの一端が明らかにされるとともに、線維化α-Syn取り込みをターゲットとした伝播阻害薬の開発が期待される。

【発明の名称】
パーキンソン病をはじめとするレビー小体病を対象とした進行抑制療法の候補分子スクリーニング

【ポイント】
・プロトセラの特許技術を用いて、マウス全脳に由来するパーキンソン病の病態分子(線維 化α-Syn)と結合する膜タンパク質(線維化α-Syn 受容体候補分子)の網羅的探索を行った。
・線維化α-Syn受容体として複数の候補分子を同定することに成功した。
・線維化α-Syn受容体候補となる膜タンパク質情報を基に、新たな医薬品開発を目指す。
なお、本研究成果は2019年5月25日に第60回日本神経学会学術大会(会場:大阪府立国際会議場(グランキューブ大阪)・リーガロイヤルホテル大阪)で発表予定。

■発表演題 Pe-068-2 Comprehensive screening of the cell surface receptor for alpha-synuclein fibrils

【研究内容】
パーキンソン病(Parkinson’s disease: PD)をはじめとするレビー小体病(Lewy body disease: LBD)は、アルツハイマー病に次いで頻度の高い神経変性疾患(PD/LBD)。体の動きに障害が現れる疾患で、①動作が遅くなる、②手足が震える、③筋肉が固くなる、④バランスが取れなくなる、といった病態を示します。病理学的には、構造変化により病的な線維化を生じたα-シヌクレイン(α-Synuclein: α-Syn)というタンパク質を主成分とするレビー小体(Lewy body: LB)の出現と、運動を調節する神経細胞(中脳黒質・青斑核のカテコラミン産生神経細胞)の減少を特徴とする。PD/LBD患者の脳では、線維化α-Synが神経細胞間を伝播することで病変が拡大する可能性が指摘されている。さらに、神経細胞への線維化α-Syn取り込みには、細胞表面にある膜タンパク質(α-Syn受容体)が関与する事が示唆されている。
今回、プロトセラの特許技術であるMembrane Protein Library®(MPL)法※2とBLOTCHIP®-MS法※3の組み合わせ技術によって、世界に先駆けて脳組織からの線維化α-Syn受容体の網羅的探索を実施し、複数の候補分子を同定することに成功した。今後は、線維化α-Syn受容体候補となる膜タンパク質情報を基に、新たな医薬品開発を目指す。

【発表者コメント】
「神経・グリア細胞表面に発現し線維化α-Syn受容体として機能する分子が近年複数報告されています。一方、線維化α-Synは生体膜そのものと非特異的に結合しやすく、全脳を対象とした線維化α-Syn受容体の網羅的探索は未だ実現出来ていませんでした。この問題を克服するためには既存の方法には限界があり、視点を変えたアプローチが必要となります。我々は、マウス全脳由来の膜タンパク質を人工脂質二重膜へ再配置することでライブラリ化した後、線維化α-Synをリガンドとして結合分子をスクリーニングし、LC-MS/MS法による構造解析により受容体候補タンパク質を網羅的に探索するという研究手法を用い、新規の線維化α-Syn受容体候補タンパク質を複数同定することに成功しました。 今後、線維化α-Syn受容体候補分子に対する特異抗体や結合阻害分子を用いることで、選択的かつ効率的に線維化α-Syn取込み・伝播を抑制するPD/LBD進行抑制療法の開発を目指した いと考えています。」
東北大学大学院医学系研究科 神経内科学分野 准教授 長谷川 隆文氏

「神経変性疾患(neurodegenerative disease)は、それぞれ特有の領域の神経系統が侵され、神経細胞を中心とする様々な退行性変化を呈する疾患群です。アルツハイマー病、パーキンソン病、 筋萎縮性側索硬化症、脊髄小脳変性症などがこの疾患群に属します。今回確立された技術によってパーキンソン病治療薬の標的候補の発見に至りましたが、この技術が他の神経変性疾患の治療標的の探索にも有用であることは明らかです。認知症は2050年に は世界で1億3000万人を上回ると予測され、世界の製薬大手企業が競って治療薬の開発を進めましたが、相次いで失敗しています。当社としてもこの薬の開発を非常に重視しており、今後最善のパートナーを募って開発を目指します。」
プロトセラ 代表取締役社長 田中憲次氏

【研究の方法】
マウス脳組織を破砕後、遠心分離で膜タンパク質を回収し、卵黄レシチンからなるリポソームと融合させて膜タンパク質ライブラリ(Membrane Protein Library®:MPL)を調製した。リガンドとなる単量体および線維化α-Synを別々のセファロースに固定し、マウス脳組織由来MPLの中から各α-Synに結合する膜タンパク質を精製した。精製物をSDSポリアクリルアミドゲル電気泳動後、標的バンドを切り出し、トリプシン消化に続いてLC-MS/MS法による構造解析の結果、単量体α-Synに比較して線維化α-Synにより強く特異吸着する複数の膜タンパク質が同定された。

【用語解説】
※1 線維化 α-Syn
神経細胞に豊富に存在する140アミノ酸からなる機能不明のタンパク質。天然状態のαシ ヌクレインは特定の構造をもたない可溶性タンパク質だが、種々のストレスや遺伝子変異により構造変化を来たし、凝集し不溶性のタンパク質(線維化αシヌクレイン)となる。パーキンソン病患者の脳神経・末梢神経細胞内には、線維化αシヌクレインが多量に蓄積しており、発見者の名にちなんでレビー小体とよばれる。線維化αシヌクレインには細胞毒性があり、パーキンソン病の発症・病態進行において主要な役割を演じていることが判っている。

※2 Membrane Protein Library®(MPL)法
細胞膜に存在する受容体は水に溶けないため、従来のタンパク質の精製、同定、性状分析といった解析技術が有効に働かなかった。プロトセラは受容体をその構造特性に関わらず人工リポソームのリン脂質二重層に再構成し、リガンド結合能を保持したままで膜タンパク質ライブラリ(Membrane Protein Library®; MPL)と呼ばれるエマルジョン溶液に転換する技術を確立し、培養細胞から組織や臓器に存在するあらゆる受容体を大量かつ安定的に供給できるようになった(図1)。このMPL法にBLOTCHIP®-MS法を組み合わせた複合技術により、未知のリガンドと未知の受容体を包括的に探索・同定、さらに両者間の相互作用を解析することが可能になった。

※3 BLOTCHIP®-MS法
従来の血液からあらかじめタンパク質を除去する解析方法では、タンパク質に結合したペプチドも除去されるため、ペプチドの全量を正確に測定することができなかった。一切の前処理を必要としないBLOTCHIP®-MS法によって初めて生体試料中のペプチドの全量を定量できるようになった。また、BLOTCHIP®-MS法は解析中の煩雑で長時間かかる操作を不要にした結果、多量の試料を短時間で測定できるようになり、従来のペプチドーム解析技術のボトルネックが解消された(図2)。

東北大学大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学講座 神経内科学分野(宮城県仙台市)
高齢化社会において、パーキンソン病などに代表される神経難病への懸念は近年増大の一途を辿っている。一昔前まで、神経内科疾患の多くは原因不明であり、病気のメカニズムもきわめて難解で、攻略の糸口を見出しがたいものだった。しかし、近年の分子遺伝学、細胞生物学、脳機能画像などの研究進歩により事態は一変し、多くの神経難病の病態が今まさに分子レベルで解明されつつあり、原因療法の開発や早期診断が現実のものとなってきている。当研究室では患者由来iPS細胞を含めた細胞・動物モデルを駆使した病態研究・新規治療法探索や、疾患バイオマーカーや分子イメージングなどの臨床研究を精力的に進めている。

株式会社プロトセラ(本社:大阪府)
ウシオ電機株式会社の連結子会社。独自開発のBLOTCHIP®-MS法で探索された新規ペプチドバイオマーカーを『ProtoKey®疾患リスク検査キット』として提供し、疾患の予防と早期発見に貢献。また膜タンパク質ライブラリ(Membrane Protein Library®:MPL)法とBLOTCHIP®-MS法を組合わせたペプチドリガンド/受容体結合解析法で探索された新規ペプチドリガンドと新規受容体を『受容体関連医薬品』として提供し、安全性と効力の双方に優れる治療に貢献する。

ウシオ電機株式会社(本社:東京都、東証6925)
1964年設立。紫外から可視、赤外域にわたるランプやレーザー、LEDなどの各種光源および、それらを組み込んだ光学・映像装置を製造販売。半導体、フラットパネルディスプレー、電子部品 製造などのエレクトロニクス分野や、デジタルプロジェクターや照明などのビジュアルイメージング分野で高シェア製品を数多く有しており、近年は医療や環境などのライフサイエンス分野にも事業展開している。

【本件に関するお問合せ先】

■研究・技術に関すること
東北大学 大学院医学系研究科 神経・感覚器病態学講座 神経内科学分野 准教授・副科長 長谷川 隆文(はせがわ たかふみ)
TEL.022-717-7189/FAX.022-717-7192/Eメール.thasegawa@med.tohoku.ac.jp

株式会社プロトセラ膜タンパク質&リガンド解析センター 代表取締役社長 田中 憲次(たなか けんじ)
TEL. 06-6415-9620/FAX.06-6415-9621/Eメール.info@protosera.co.jp

■ライセンスアウトに関すること
株式会社プロトセラ膜タンパク質&リガンド解析センター 代表取締役社長 田中 憲次(たなか けんじ)
TEL. 06-6415-9620/FAX.06-6415-9621/Eメール.info@protosera.co.jp